(3) 訳文
123 さらに、知覚のスフェアが変わるにおいについては、それらは地上のにおいのようにはっきりと感じられるが、しかし、内的なものが閉ざされている人間の感覚にはやって来ない、なぜなら、内なる道を通って流入するけれども外なる道を通ってではないから。それらのにおいは二つの起源から、すなわち、善の知覚また悪の知覚からである。善の知覚からであるものは、最も快く、あたかも庭園の花の芳香から、また他の芳香からのように匂って、それほどに愛らしく、そしてまた言葉にできないように多種多様である。天界の中の者はこのようなにおいのスフェアの中にいる。
[2] けれども、悪の知覚からのにおいは、、腐敗した水から、排泄物(糞)から、死体から、また、ネズミまたナンキンムシからのような不快な悪臭を放つものからのように臭い、また腐臭を放って、最も不快である。地獄の中の者はこのような悪臭のスフェアの中にいる。また驚くべきことに、それらの中にいる者は悪臭を感じない、それどころか、その腐臭が彼らに歓喜を与え、またその中にいるとき、それらの快さと楽しさのスフェアの中にいる。しかし、地獄が開かれ、ここから発散物が善霊にやって来るとき、これら善霊は、世でこのような悪臭のスフェアに打たれる者のように、身震いに、そしてまた不安に襲われる。