(3) 訳文
111 目は、またはむしろその視覚は、特に、来世の中の楽園の中にあり、それは前方の上方に、わずか右に見られる社会に対応する。そこに楽園が、全部の属と種の木と花とともに生き生きと見られて示され、全地にあるものはそれらに比較すればわずかである。そこの個々の対象の中に何らかの知性と知恵があり、輝き出ており、あなたは、〔彼らは〕同時に知性と知恵の楽園の中にいる、と言ってもよい。これらのものが、そこにいる者を内部から感動させ、また視覚だけでなく、同時に理解力を喜ばせる。
[2] それらの楽園は第一の天界の中に、またその天界の内部へ向けて入り口そのものの中にあり、また表象するものであって、それらはさらに高い天界から、さらに高い天使たちが自分たちのもとで信仰の真理について知性的に話しているとき降りてくる。そこの天使たちの会話は霊的なまた天的な観念によって生じ、それら〔の観念〕の形がそれら〔の会話〕の言葉であり、また絶えず、決して表現されることができないような、このような美と楽しさ表象の連続によっている。彼らの会話のこれらの美と楽しさが低い天界の中の楽園として表象される。
[3] この天界は多くの天界に分かれており、それらに眼窩の中の個々のものが対応する。そこに、それらについて言われた楽園の天界がある。いろいろな色の大気の天界があり、そこにでは、あたかも金、銀、真珠、宝石、最小の形の中の花、また無数の他のものからかのように全空気がひらめている。虹の天界があり、そこの虹は最も美しく、大きくまた小さく、いろいろな色で最も光り輝いている。これらの個々のものは、主から、その中に知性と知恵がある光によって存在するようになり、ここから、その対象の個々のものの中に真理の知性と善の知恵の何らかのものが、このように表象して示されている。
[4] 天界について、そこに光についても、何らかの観念を持たない者は、このようなものがそこにあることをほとんど信じるようにされることができない。それゆえ、来世で、それらの信じられない状態にいた者は、もし信仰の真理と善の中にいたなら、天使によりそれらの中に連れて行かれ、それらを見るとき唖然とする。
楽園、大気、虹については、以前の経験〔談〕から見られる、1619-1626, 2296, 3220番。また天界の中に絶え間のない表象があることは、1807, 1808, 1971, 1980, 1981, 2299, 2763, 3213, 3216-3218, 3222, 3350, 3475, 3485番。