(3) 訳文
106 それぞれの者は、空気と音について何らかのことを知っている者はだれでも、耳はその変化の性質に向かって完全な形であること、このように耳はそれ自体の身体と物質に関してそれら〔空気と音〕に対応していることを知ることができる。またエーテルと光について何らかの知識を学んだ者は、目がそれ自体の物質に関してそれらの変化に対応して形作られていること、またこのことは、耳と音の性質の中にたくわえられている隠されたものは何でも、これは耳の器官に刻まれており、またエーテルと光の性質の中に隠されたものは何でも、これは目の器官の中にあることを知っている。
[2] したがって、解剖学と同時に物理学に熟練した者は、探究によって、感覚だけでなく運動の器官もまた、そのようにまたすべての内臓は、それらの身体と物質に関して自然界の中にあるものに対応すること、またこのように全身は自然界の中にある最も隠されたすべてのものから組み合わされた器官であり、働く力のそれらの秘密にしたがって、また流入する驚くべき方法にしたがっていることを知ることができる。ここから、人間は古代人により小さな世界、すなわち、小宇宙と呼ばれた。
[3] このことを知る者は、さらにまた、世と自然の中にあるものは何でも、それ自体から存在するようにならず、それ自体の前のものから、またこの前のものはそれ自体から存在するようにならず、それ自体の前のものから、またこのことは「最初のもの(者)」にまでも〔さかのぼり〕、その者から秩序をもって続くものが存在するようになることを知ることができる。またここから存在するようになるので、ここから存続もする、なぜなら、存続は絶え間ない存在であるから。ここから、すべてと個々のものは自然の最後のものまでも、「最初のもの(者)」から存在するようになるだけでなく、「最初のもの(者)」から存続することもまたいえる。というのは、もし「最初のもの(者)」から絶え間なく存在しないなら、またこのようにもし「最初のもの(者)」と絶え間ない結びつきがないなら、一瞬に分解し、滅びるから。