(3) 訳文
82 全般的に感覚は、すなわち、全般的な感覚は、意志の(随意的な)ものと意志に属しない(不随意的な)ものに区別される。意志の(随意的な)感覚は大脳に特有である、けれども、意志に属しない(不随意的な)感覚は小脳に特有である。これら二つの全般的な感覚は人間のもとで結合されている、しかしそれでも区別される。大脳から出てくる繊維は、全般的に意志の(随意的な)感覚をもたらし、また小脳から出てくる繊維は、全般的に意志に属しない(不随意的な)感覚をもたらす。それらの二重の起源の繊維は「延髄」と「脊髄」と呼ばれる二つの付属物の中で結合していて、またそれらを通して身体の中に入り、またその四肢、内臓、器官を形作っている。それらは筋肉と皮膚、また感覚器官のように、身体を取り巻き、それらの大部分に大脳からの繊維を受け入れている。ここから人間に感覚があり、またここから彼の意志にしたがった運動がある。しかし、取り巻かれ、また閉ざされている、また身体の内臓と呼ばれるそれらの中のものは小脳からの繊維を受け入れている。ここから、人間にはそれらの感覚がなく、彼の意志の自由裁量の下にもない。ここから、ある程度、全般的に感覚が何か、すなわち、意志の全般的な感覚と意志に属しない(不随意の)感覚を明らかにすることができる。さらに知らなければならない。何らかの個々のものがあるために全般的な(共通の)ものがなければならない、また個々のものは全般的な(共通の)ものなしに決して存在するように、また存続すること、また実に 全般的な(共通の)ものの中で存続することができないこと、またすべての個々のものは全般的な(共通の)ものの性質と状態に、このように人間のもとの感覚もまた、またこのように運動もまたしたがっていることである。