(3) 訳文
62 脳の中の峡部〔大脳と小脳の間の狭い部分〕と呼ばれる領域に関係する社会があり、そそしてまたそれらは脳の中の小繊維の小結節に関係し、それらは繊維がいろいろな機能へと流れ出る腺のように見える、すなわち、それらの繊維はそれらの源または腺で一つとして働く、しかし、末端では異なって働くのである。このようなものが対応するある社会が私に示された。それらについてここに〔述べよう〕。
霊たちが前方にやって来た。彼らは私に、「人間である」ち言って、話しかけた。しかし、これらのことに、「身体を備えた人間ではなく、霊である。また、すべての霊は、人間であることへ、さらにまた身体を備えた人間に似た形へと一致して行動するので、このようにまた人間である、というのは、霊は内なる人であるから、なおまた身体からでなく知性と知恵から人間であるから、ここから、善霊は、またさらに天使は、さらに知恵の光の中にいるので、身体の中にいる者よりも人間である」と答えることが与えられた。
[2] この答えの後、彼らは、「社会の中に多くの者がいること、その中である者は他の者に似ていない」と言った。しかし、私に、来世で異なる者から成り立つ社会が存在できることが不可能に見えたので、私はそれらについてそのことを彼らに話した。それで最後に、たとえ異なる者から成り立っても、それでも目的に関して仲間になり、その目的彼らには一つである、と教えられた。彼らはさらに、「だれもが他の者と異なって行動し、そしてまた異なって話すが、それでも同じように意志し、思考するようなものである」と言った。〔彼らは〕このこともまた例で説明した――
社会の中のある者が、天使について、天界の中で最小の者)あること、と言った。もう一人の者は、最大の者である、と言った。また第三の者は、最小でも最大でもないこと、またこのようにそのことを多くの変化をもって、思考に関してそれでも一つとして働く、すなわち、最小の者でありたい者は最大の者であること、またここから最大の者であることは相対的なものであって、最小でも最大でもないことは、卓越について考えないからである、と言った。
その他のことも同様である。そのように原理で仲間となる、しかし、最後の部分で異なって働く。
彼らは私の耳に寄り添い、「〔自分たちは〕善い霊である、また自分たちの話し方はこのようである」と言った。彼らについて、どこからやって来ているか知られていないこと、また放浪する社会のにいることが言われた。