(3) 訳文
26 天界の王国は一人の人間の像である、そこのすべてのものは主だけに、すなわち、主の人間性そのものに対応するからであり、その方だけが人間である、49, 288, 565, 1894番。その方との対応、映像、似姿から、天界は「最大の人」と言われる。主の神性から天界の中に善に属するすべての天的なものがあり、真理に属するすべての霊的なものがある。そこのすべての天使は形、すなわち、主からの神性の受け入れにしたがって形成された実体である。彼らのもとに受け入れられた主の神性は、天的なものと霊的なものと呼ばれるものであり、神的ないのちとそこからの神的な光とともに、受け入れらるものとして存在するようになり、変えられる。
[2] ここから、人間のもとの形と物質的な実体もまたこのようなものであるが、しかし、さらに粗雑でさらに混成(合成)されたものなので、さらに低い段階の中にある。これらもまた天的なものと霊的なものを受け入れる形であることは、完全に目に見えるしるしからはっきりと明らかである。例えば、舌の有機的な形の中に流入し、言葉を生み出す思考から、筋肉の形によって顔の中にそれ自体を見せて示すアニムス(心)の情愛から、筋肉の形によって、行動の中に流入する意志からも、等々。それらを生み出す思考と意志は霊的なものと天的なものである、けれども、受け入れ、行動の中に送る形または実体は物質的なものである。後者が完全に前者の受け入れに向けて形作られていることは、明らかである。ここから、前者からであり、また後者が前者からでないなら、このようなものは存在するようになることができないことが明らかである。