原典講読「神の摂理』 296([13]~[15]おわり)

 

(2) 直訳


[13.] Si quis videret jucunda concupiscentiarum mali simul in aliqua forma, aut distincte perciperet illa aliquo sensu, visurus et percepturus esset illa in tali numero, ut non definiri possint; [13.] もし、だれかが悪の欲望の快さを見るなら、一緒に何らかの形の中に、またはそれらを明瞭に知覚する、何らかの感覚で、それらをこのような数の中に見、知覚する、定めることができないような。


est enim totum infernum [nihil] nisi forma omnium concupiscentiarum mali, et ibi nulla concupiscentia mali est alteri prorsus similis seu eadem, nec dari potest una alteri prorsus similis seu eadem in aeternum; というのは、地獄全体は、すべての悪の欲望の形でないなら(何ものでもない)から、またそこに悪の欲望は何もない、他のもの完全に似ているかまたは同じ、また存在することもできない、一つが他のものと完全に似ているかまたは同じ、永遠に。


et de innumerabilibus illis homo vix scit aliquid, minus quomodo connexa sunt. またこれらの無数のものについて、人間は何らかのものをほとんど知らない、まして、どのように結ばれているか。


Et tamen a Domino per Divinam Ipsius Providentiam continue permittitur ut prodeant ob finem ut abducantur, quod fit in omni ordine et serie. またそれでも、主により神的なその方の摂理によって絶えず許されている、連れ去られるようにとの目的のために生じるように、それはすべての順序と連鎖(連続)中で行なわれる。


Homo malus est in minima forma infernum, sicut homo bonus est in minima forma caelum. 悪人は地獄の最小の形の中に☆いる、善人が天界の最小の形の中にいるように。


前置詞inには「として」という意味があります。


[14.] Quod abductio a malis fiat mille modis, etiam arcanissimis a Domino, non melius videri, et sic concludi potest, quam ex arcanis operationibus animae in corpore. [14.] 悪から連れ去ることが千の方法で行なわれることは、さらにまた主により最も隠されて(秘密に)、いっそう見られることがない、またこのように結論される(証明される)ことができない、身体の中の霊魂の隠された働きから以外に。


Illae de quibus homo novit sunt hae; それらは、それらについて人間が知ってい(知った)、これらである。


quod cibum, quem comesturus est, spectet, odore percipiat, appetat, gustet, dentibus comminuat, per linguam devolvat in stomachum, et sic in ventriculum. 食物を、それを食べようとする、眺める、においで感じ(知覚する)、欲しがる、味わう、歯ですりつぶす、舌によって、食道☆の中へ転がし落とす、またこのように胃の中へ。


stomachusは「胃」ですが、ventriculus「胃」と区別する時は「食道」です。


At vero arcanae operationes animae, de quibus homo non aliquid scit, quia non sentit, sunt hae: しかし(けれども)、霊魂の隠された働きは、それらについて人間は何らのことを知らない、感じないので、これらである。


quod ventriculus cibos receptos convolvat, per menstrua aperiat et separet, hoc est, digerat, ac convenientia porrigat osculis ibi hiantibus ac venis quae illa imbibunt; 胃は受け入れた食物をねじあげる、溶媒によって開き、分離する、すなわち、消化する、そして適合するものを与える、そこに開いている小さな開口部に、そして静脈に、それらはそれを吸収する。


et quod quaedam amandet in sanguinem, quaedam in vasa lymphatica, quaedam in vasa lactea mesenterii, et quaedam demittat in intestina; また、あるものを血液の中へ追い払う、あるものをリンパ管の中へ、あるものを腸間膜の乳管の中へ、またあるものを腸の中へ降ろす。


dein quod chylus ex cisterna sua in mesenterio per ductum thoracicum subductus inferatur venae cavae, et sic in cor, et a corde in pulmonem, et ab hoc per sinistrum cordis ventriculum in aortam et ab hac per ramos in viscera totius corporis, et quoque in renes; その後、腸間膜の中のその乳糜槽から乳糜は引き抜かれた胸管を通って大静脈へ引き入れられる、またこのように心臓の中へ、また心臓から肺の中へ、またこれから心臓の左心室を通って大動脈の中へ、またこれから枝管を通って全身の内臓の中へ、そしてまた腎臓の中へ。


in quorum unoquovis fit sanguinis separatio, purificatio, ac heterogeneorum abductio: それらのそれぞれのものの中で血液の分離、浄化、そして異物の連れ去ること(回収)行なわれる。


ut taceam quomodo cor suum sanguinem in pulmone defaecatum submittit in cerebrum, quod fit per arterias, quae vocantur carotides, et quomodo cerebrum remittit sanguinem vivificatum in venam cavam mox supra ubi ductus thoracicus chylum infert, et sic rursus in cor. 私が黙るように☆、どのように心臓が肺の中の浄化された自分の血液を脳の中に服従させるか、そのことは動脈を通して行なわれる、それは頸動脈と呼ばれる、またどのように脳は活性化された血液を大静脈の中に戻すか、すぐ上の、そこに乳糜槽が引き入れられる、またこのように再び心臓の中へ。


「私が黙るように」ではあまりに直訳です。「私が言うまでもないでしょう、それで私は黙ることにしますが…」という意味なので、その前半の意味を汲んで(すなわち意訳して)、「言うまでもないであろうが」とすればよいでしょう。


[15.] Haec praeter innumerabilia alia sunt arcanae operationes animae in corpore. [15.] これらのほかに無数の他のものがある、身体の中に霊魂の隠された働きが〔ある〕。


Homo de his nihil sentit, et qui non scientiae anatomicae peritus est, nihil scit. 人間はこれらについて何も感じない、また解剖学の知識に熟練していない者は、何も知らない。


Et tamen similia fiunt in interioribus mentis hominis; またそれでもなお、同様のことが人間の心の内的なものの中で行なわれている。


nam nihil potest fieri in corpore, nisi inde; なぜなら、何も身体の中で行なわれることができないから、そこからでないなら。


est enim mens hominis ejus spiritus, ac spiritus ejus aeque est homo, cum sola differentia, quod quae fiunt in corpore, fiant naturaliter, et quae fiunt in mente, fiant spiritualiter; というのは、人間の心は彼の霊であるから、そして彼の霊は等しく(同等に)間である、相違だけとともに、身体の中で行なわれることは、自然的に行なわれる、また心の中で行なわれることは、霊的に行なわれること。


est omnimoda similitudo. すべての点で似ている。


Ex his patet, quod Divina Providentia operetur mille modis, etiam arcanissimis, apud unumquemvis hominem, et quod sit continua in fine purificandi illum, quia in fine salvandi est; これらから明らかである、神的な摂理は千の方法で働くこと、さらにまた最も隠されて(秘密に)、それぞれの人間のもとで、また彼を浄化する目的の中に絶えずあること、救われる目的の中にあるので。


et quod non plus incumbat homini, quam ut removeat mala in externo homine; また人間にさらに課せられないこと、外なる人間の中で悪を遠ざけるように〔する〕以外に。


reliqua providet Dominus, si imploratur. 残りの(他の)ことを主は備えられる(配慮される)、もし切願するなら。


 


(3) 訳文


296.  [13.] もし、だれかが悪の欲望の快さを、一緒に何らかの形の中に見るなら、または何らかの感覚でそれらを明瞭に知覚するなら、それらを定めることができないような数の中に見、知覚する。というのは、地獄全体は、すべての悪の欲望の形以外の何ものでもなく、またそこに他のもの完全に似ているかまたは同じ悪の欲望は何もなく、一つのものが他のものと完全に似ているかまたは同じものは永遠に存在することもできないからである。またこれらの無数のものについて、人間は何らかのものをほとんど知らず、まして、どのように結ばれているか知らない。


 またそれでも、主により神的なその方の摂理によって、連れ去られるようにとの目的のために悪が生じることが絶えず許されており、それはすべての順序と連鎖中で行なわれる。


善人が天界の最小の形をしているように、悪人は地獄の最小の形をしている。


[14.] 悪から連れ去ることが千の方法で行なわれることもまた、主により最も隠されており、身体の中の霊魂の隠された働きから以外には見られることがなく、またこのように証明されることもできない。


 それらは、それらについて人間が知っていることは、次のものである


食べようとする食物を、眺め、においでわかり、食欲を感じ、味わい、歯ですりつぶし、舌によって食道の中へ、またこのように胃の中へ転がし落とす。


 しかし、霊魂の隠された働きは、感じないので、それらについて人間は何も知らないが、次のものである。


胃は受け入れた食物をねじあげ、溶媒によって開き、分離する、すなわち、消化する。そして適合するものを、それを吸収するそこに開いている小さな開口部に、そして静脈に与える。また、あるものを血液の中へ、あるものをリンパ管の中へ、あるものを腸間膜の乳管の中へ送り込み、またあるものを腸の中へ降ろす。その後、腸間膜の中のその乳糜槽から引き抜かれた乳糜は胸管を通って大静脈へ、このように心臓の中へ、心臓から肺の中へ、これから心臓の左心室を通って大動脈の中へ、これから枝管を通って全身の内臓の中へ、そしてまた腎臓の中へ引き入れられる。それらのそれぞれのものの中で、血液の分離、浄化、そして異物の除去行なわれる。どのように心臓が肺の中で浄化された自分の血液を脳の中に服従させるか、そのことは頸動脈と呼ばれる動脈を通して行なわれ、またどのように脳は活性化された血液をすぐ上に乳糜槽が引き入れられている大静脈の中にまたこのように再び心臓の中へ戻すか、言うまでもないであろう。


[15.] 身体の中に霊魂の隠された働きには、これらの他に無数のものがある。


 人間はこれらについて何も感じない、また解剖学の知識に熟達していない者は、何も知らない。またそれでもなお、同様のことが人間の心の内的なものの中で行なわれている。なぜなら、内的なものからでないなら、何も身体の中で行なわれることができないから。というのは、人間の心は彼の霊であり、そして彼の霊は、身体の中で行なわれることは自然的に行なわれ、また心の中で行なわれることは霊的に行なわれることが相違するだけで、すべての点で似ている、同じ人間であるから。

 これらから、神的な摂理は、それぞれの人間のもとで、千の方法で、さらにまた最も隠されて働くこと、また救われる目的の中にあるので、絶えず彼を浄化する目的の中にあること、また外なる人間の中で悪を遠ざけるようこと以外に、人間にはさらに課せられないこと、もし切願するなら、残りのことを主が備えてくださることが明らかである。

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