(2) 直訳
[7.] Tertium: [7.] 第三:
Quod Divina Providentia cum malis sit continua mali permissio, ob finem ut sit continua abductio.― 「悪い者のもとの神的な摂理は、〔悪から〕絶え間なく連れ去られるようにとの目的のために、絶え間のない悪の許しであること」
Quod Divina Providentia apud homines malos sit continua permissio, est quia ex vita illorum non aliud prodire potest quam malum; 悪人のもとの神的な摂理は絶え間のない許しであること、彼らのいのち(生活)から悪以外に何らかのものが出てくることができないからである。
homo enim sive in bono est, sive in malo, non potest in utroque simul esse, nec per vices nisi sit tepidus; というのは、人間はあるいは善の中にいる、あるいは悪の中に、両方の中に同時にいることはできないから、時々でもない、なまぬるい(である)でないなら。
et malum vitae in voluntatem et per illam in cogitationem non inducitur a Domino, sed inducitur ab homine; またいのち(生活)の悪は意志の中に、またそれを通して思考の中に主により引き起こされない、しかし人間により引き起こされる。
et hoc dicitur permissio. またこのことが許しと呼ばれる。
[8.] Nunc quia omnia quae homo malus vult et cogitat sunt permissionis, quaeritur quid tunc ibi Divina Providentia est, quae dicitur in singularissimis esse apud unumquemvis hominem, tam malum quam bonum. [8.] さて、すべてのものは、それを悪人は意志し、考える、許しのものであるので、質問される、何が、その時、そこに神的な摂理であるか、それは言われる、それぞれの人間のもとの最も個々のものの中にある、悪い者も善い者も。
Sed illa consistit in eo, quod continue permittat ob finem, et quod permittat talia quae finis sunt, et non alia; しかし、それはその中にある、目的のために絶え間なく許すこと、またこのようなものを許すこと、それは目的のものである、また他のものを〔許さ〕ない。
et quod mala quae ex permissione prodeunt, continue lustret, separet, purificet, et non convenientia amandet, et per ignotas vias exoneret. また、悪を、それらは許しから出てくる、絶え間なく調べる、分離する、清める、また適合しないものを追い払う、また知られていない方法で除く。
Haec fiunt imprimis in hominis interiore voluntate, et ex hac in interiore ejus cogitatione. このことは特に、人間の内なる意志の中で行なわれる、またそれから彼の内的な思考の中で。
Divina Providentia etiam continua est in eo, quod prospiciat ne amandanda et exoneranda rursus a voluntate recipiantur, quoniam omnia quae recipiuntur a voluntate, appropriantur homini; さらにまた神的な摂理は絶えずその中にある追い払い、除いたものが再び意志により受け入れらないように用心すること、すべてのものは、それらは意志により受け入れられたもの、人間に専有される(自分のものとされる)から。
at quae recipiuntur cogitatione, et non voluntate, illa separantur et ablegantur. しかし、思考で受け入れられるものは、また意志ででなく、それらは分離される、また追放される。
Haec est continua Domini Providentia apud malos, quae, ut dictum est, est continua permissio ob finem ut sit perpetua abductio. これが悪い者のもとの絶え間ない主の摂理である、それは、言われたように、絶え間ない連れ去られることがあるようにとの目的のために、絶え間ない許しである。
[9.] De his homo vix aliquid scit, quia non percipit; [9.] これらについて人間はほとんど何らかものを知らない、知覚しないので。
quod non percipiat, est primaria causa, quia sunt mala concupiscentiarum amoris vitae ejus, et illa mala non sentiuntur ut mala, sed ut jucunda, ad quae non aliquis attendit. 知覚しないことは、主要な原因がある、悪が彼のいのち(生活)の欲望のものであるからである、またその悪は悪として感じられない、しかし、快さとして、それにある者は留意しない。
Quis attendit ad jucunda sui amoris? だれが愛の自分の快さに留意するのか?
In his natat cogitatio ejus, sicut cymba quae fertur in vena fluvii; これらの中に彼の思考は浮かんでいる、小舟のように、それは川の流れの中を運ばれる。
ac percipitur sicut atmosphaera fragranter olens, quae pleno spiritu attrahitur: そして香って(芳香を)放つ空気のように知覚される、それは十分な息で引き寄せられる。
solum aliquid ex illis sentire potest in cogitatione sua externa, sed usque nec ad illa ibi attendit, nisi probe sciat quod sint mala. ただそれらからの何らかのものだけを感じることができる、外なる自分の思考の中で、しかし、それでもそれらに、そこに留意しない、悪であることを十分に知らないなら。
Sed de his plura in nunc sequentibus. しかし、これらについて多くのものが今や続くものの中で〔言われる〕。
(3) 訳文
296. [7.] 第三:「悪い者のもとの神的な摂理は、〔悪から〕絶え間なく連れ去られるようにとの目的のために、絶え間のない悪の許しであること」
悪人のもとの神的な摂理が絶え間のない許しであるのは、彼らのいのち(生活)から悪以外に何らかのものが出てくることができないからである。というのは、善の中に、あるいは悪の中にいる人間は、なまぬるいものでないなら、両方の中に同時にいることは、時々であってもできず、またいのち(生活)の悪は、意志の中に、またそれを通して思考の中に、主により引き起こされるのではなくて、人間により引き起こされ、またこのことが許しと呼ばれるからである。
[8.] さて、悪人が意志し、考えるすべてのものは許しのものであるので、悪い者にも善い者にもそれぞれの人間のもとの最も個々のものの中に神的な摂理がある、と言われる時、何がそこにあるのか、質問される。
しかし、それは、目的のために絶え間なく許すこと、また目的のものであるようなものを許し、他のものを許さないこと、また許しから出てくる悪を、絶え間なく調べ、分離し、清め、また適合しないものを追い払い、知られていない方法で除くことの中にある。
このことは特に、人間の内なる意志の中で、またその意志から内的な思考の中で行なわれる。さらにまた神的な摂理は、意志により受け入れられたすべてのものは人間に専有されるので、追い払い、除いたものが再び意志により受け入れらないように絶えず用心することの中にある。しかし、意志でなく、思考で受け入れられるものは、分離され、また追放される。
これが悪い者のもとの絶え間ない主の摂理であり、それは、言われたように、絶え間く連れ去られようにとの目的のための絶え間ない許しである。
[9.] これらについて、人間は知覚しないので、ほとんど何も知らない。知覚しないことの主要な理由は、悪が彼のいのち(生活)の欲望のものであり、その悪は悪として感じられず、快さとして感じられ、そのことに留意しない者がいるからである。
自分の愛の快さにだれが留意するのか? これら〔快さ〕の中に彼の思考は、川の流れの中を運ばれる小舟のように浮かんでいる。そして、息いっぱいに吸い寄せられる香る空気のように知覚される。ただ外なる自分の思考の中で、それらからの何らかのものだけを感じることができる、しかし、それでも、悪であることが十分にわかっていないなら、その外なる思考でも留意しない。
しかし、これらについて多くのものをこれから続くものの中で〔述べよう〕。