(2) 直訳
[3.] Post tempus, quando scientia correspondentiarum oblitterata fuit, incepit posteritas colere ipsa sculptilia ut in se sancta, nescientes quod antiqui parentes illorum non viderint aliquid sancti in illis, sed solum quod secundum correspondentias repraesentarent et inde significarent sancta. [3.] 時の期間の後、対応の知識が消し去られた時、子孫が彫像そのものを本質的に聖なるものとして礼拝することを始めた、知らないで、彼らの祖先の古代人たちがそれらの中に何ら聖なるものを見なかったこと、しかし単に対応にしたがって表象した、また、ここから聖なるものを意味したこと。
Inde ortae sunt idololatriae, quae impleverunt totum terrarum orbem, tam Asiaticum cum insulis circum, quam Africanum et Europaeum. ここから偶像崇拝が起こった、それらは地の全地球を満たした、周囲の島々とともにアジアを、同じく、アフリカとヨーロッパを。
Ut omnes illae idololatriae exstirparentur, ex Divina Domini Providentia factum est, ut nova religio geniis Orientalium accommodata auspicaretur; すべての者にそれらの偶像崇拝が根絶されるように、主の神的な摂理から行なわれた、東洋人の性質に適合した新しい宗教が始められた。
in qua aliquid ex utroque Testamento Verbi foret, et quae doceret quod Dominus in mundum venerit, et quod Ille esset maximus Propheta, sapientissimus omnium, et Filius Dei: その中の何らかのものは両方の契約のみことばからあった、またそれらは教えた、主は世に来られたこと、また、彼は(その方は)最大の預言者者であったこと、すべての者の最も賢い者、また神の子。
hoc factum est per Mahumedem, ex quo religio ista vocata est Religio Mahumedana. このことはムハンマドによって行なわれた、その者からその宗教はムハンマドの宗教(イスラム教)と呼ばれた。
[4.] Haec religio ex Divina Domini Providentia exsuscitata est, ac geniis Orientalium, ut dictum est, accommodata, ob finem ut deleret idololatrias tot gentium, ac daret aliquam cognitionem de Domino, antequam in mundum spiritualem venirent; [4.] この宗教は主の神的な摂理から、そして起こされた東洋人の性質に、言われたように、適合した、このように多くの国民の偶像崇拝を消す(除く)ようにとの目的のために、そして主についての何らかの思考を与える、霊界にやって来る前に。
quae religio non recepta fuisset a tot regnis, et potuisset idololatrias exstirpare, nisi conveniens et adaequata ideis cogitationum et vitae omnium illorum facta fuisset. その宗教はこのように多くの王国に受け入れられなかった、また、偶像崇拝を根絶することができなかった、彼らの思考の観念とすべての生活にふさわしくまた適合していないなら。
Quod non agnoverit Dominum pro Deo caeli et terrae, erat causa quia Orientales agnoverunt Deum Creatorem Universi, et non comprehendere potuerunt, quod Ille in mundum venerit, et assumpserit Humanum; 主を天地の神として認めなかったことは、理由があった、東洋人は全世界の創造者の神を認めたから、また理解することができなかった、その者が世の中にやって来ること、また人間性をとる(帯びる)。
sicut nec illud comprehendunt Christiani, qui ideo in cogitatione sua separant Divinum Ipsius ab Humano Ipsius, ac Divinum ponunt juxta Patrem in caelo, ac Humanum Ipsius non sciunt ubi. それをキリスト教徒たちが理解しないように、その者は、それゆえ、自分の思考の中でその方の神性をその方の人間性から眺める、そして、神性を天界の父の近くに置く、そしてどこにその方の神性〔があるか〕を知らない。
[5.] Ex his videri potest, quod Mahumedana Religio etiam ex Divina Domini Providentia orta sit; [5.] これらから見られることができる、ムハンマドの宗教(イスラム教)もまた主の神的な摂理から起こったこと。
et quod omnes illi ex ea religione, qui Dominum pro Filio Dei agnoscunt, et simul secundum praecepta decalogi, quae etiam illis sunt, vivunt, fugiendo mala ut peccata, in caelum, quod vocatur Caelum Mahumedanum, veniant. またすべての者は、彼らはその宗教信念の体系から(の者)、主を神の子として認める、また同時に十戒の戒めにしたがって、それらもまた彼らにある、生きる、悪を罪として避けて、天界の中に、それはイスラム教徒の天界と呼ばれる、やって来る。
Hoc caelum etiam divisum est in tres caelos, supremum, medium et infimum. この天界もまた三つの天界に分かれている、最高、中間、最も低い。
In supremo caelo sunt, qui Dominum unum cum Patre agnoscunt, et sic Ipsum solum Deum: 最高の天界の中にいる、主を父と一つと認める者、またこのようにその方だけを神と。
in altero caelo sunt qui abdicant plures uxores, et cum una vivunt; 第二の天界の中にいる、多くの妻を退ける者、また一人〔の妻〕と生きる。
et in ultimo, qui initiantur. また最も低い中に、その者は導かれる(初歩の教えを教えられる)。
Plura de hac religione videantur in Continuatione de Ultimo Judicio, et de Mundo Spirituali (n. 68-72), ubi de Mahumedanis et de Mahumede actum est. この宗教について多くのものが『最後の審判についての続き、また霊界について』(68-72番)の中に見られる、そこにイスラム教徒についてとムハンマドについて扱われている。
(3) 訳文
255. [3.] 時の〔経過〕後、対応の知識が消し去られた時、祖先の古代人たちがそれらの中に何ら聖なるものを見なず、しかし単に対応にしたがって表象し、また、ここから聖なるものを意味したをこと知らないで、その子孫が彫像そのものを本質的に聖なるものとして礼拝することを始めた。ここから偶像崇拝が起こり、それらは地球の全地、アフリカとヨーロッパと同じく、周囲の島々とともにアジアを満たした。すべての者にそれらの偶像崇拝が根絶されるように、主の神的な摂理から、東洋人の性質に適合した新しい宗教が始まることが行なわれた。その〔宗教の〕中のあるものは両契約聖書からであり、また、主は世に来られ、その方はすべての者で最も賢い者、最大の預言者者であり、また神の子であったことも教えられた。このことはムハンマドによって行なわれ、その者からその宗教はムハンマドの宗教(イスラム教)と呼ばれた。
[4.] 言われたように、東洋人の性質に適合したこの宗教は、主の神的な摂理から、このように多くの国民の偶像崇拝を除き、霊界にやって来る前に主についての何らかの思考を与えるようにとの目的のために起こされた。その宗教は彼らの思考の観念とすべての生活にふさわしく、また適合していなかったなら、このように多くの王国に受け入れられず、また、偶像崇拝を根絶することはできなかった。主を天地の神として認めなかったことの理由は、東洋人は全世界の創造者の神を認めたから、また、その方が世の中にやって来ること、また人間性をとられることを理解することができなかったからである。キリスト教徒たちが自分の思考の中でその方の神性をその方の人間性から眺め、そして、神性を天界の父の近くに置き、そしてどこにその方の神性〔があるか〕を知らないず、理解しないように〔と同じである〕。
[5.] これらから、ムハンマドの宗教(イスラム教)もまた主の神的な摂理から起こったこと、また、主を神の子として認め、また同時に十戒の戒めにしたがって――それらもまた彼らにある――悪を罪として避けて、その宗教信念に生きるすべての者は、イスラム教徒の天界と呼ばれる天界の中に、やって来ることを見られることができる。この天界もまた、最高、中間、最も低い三つの天界に分かれている。主を父と一つと認め、またこのようにその方だけを神と認める者は最高の天界の中にいる。多くの妻を退け、一人〔の妻〕と生きる者は第二の天界の中にいる。また、その教えへ導かれる者は最も低い天界の中にいる。
この宗教について多くのものが『最後の審判についての続き、また霊界について』(68-72番)の中に見られ、そこにはイスラム教徒とムハンマドについて扱われている。