原典講読『神の摂理』 217([4.]~[7.]おわり)

 

(2) 直訳


[4.] Secundo: [4.] 第二に:


Quod dignitates et opes, quando sunt benedictiones, sint spirituales ac aeternae; 「名誉と富は、祝福である時、霊的であること、そして永遠〔である〕」


et quod quando sunt maledictiones, sint temporariae et caducae.  「また呪いである時、一時的なものである、また、はかないもの〔である〕」


Dignitates et opes in caelo sunt sicut in mundo, nam sunt ibi regimina, et inde administrationes et functiones, et quoque sunt negotiationes, et inde opes, quoniam sunt societates et coetus. 天界の中に世の中のような地位と富がある、なぜなら、そこに統治があるから、またここから管理(体制)と機能(職務)がある、そしてまた取引(商業)ある、また、ここから富、社会と集まりがあるので。


Universum caelum distinctum est in bina regna, quorum unum vocatur regnum caeleste, alterum regnum spirituale; 全天界は二つの王国に分かれている、それらの一つは天的な王国と呼ばれる、もう一つの王国は霊的な〔王国と〕。


et unumquodvis regnum in innumeras societates, majores et minores, quae omnes et in quibus omnes secundum differentias amoris et inde sapientiae, ordinatae sunt; またそれぞれの王国は数えきれない社会に、より大きいものとより小さいもの、それらのすべてとそれらの中のすべては愛の相違とそこからの知恵の〔相違〕にしたがって、秩序づけられている(配列されている)


societates regni caelestis secundum differentias amoris caelestis, qui est amor in Dominum; 天的な王国の社会は天的な愛の相違にしたがって、それは主の中の☆愛である。


このinはもちろん「~への」と訳すべきです。


et societates regni spiritualis secundum differentias amoris spiritualis, qui est amor erga proximum. また霊的な王国の社会は霊的な愛の相違にしたがって、それは隣人に対する愛である。


Quia tales societates sunt, et omnes qui in illis sunt, fuerunt homines in mundo, et inde apud se retinent amores quos in mundo habuerunt, cum differentia quod illi tunc spirituales sint, et quod ipsae dignitates et opes sint spirituales in regno spirituali, ac caelestes in regno caelesti; このような社会があるので、またすべての者は、それらの中にいる者、世の中で人間であった、またここから自分自身のもとに愛を保持する、それを世の中で持った、相違とともに、それらがその時、霊的であること、また地位と富そのものは霊的な王国の中で霊的であること、そして天的な王国の中で天的〔である〕。


consequenter quod illis dignitates et opes prae aliis sint, quibus amor et sapientia prae aliis sunt, qui sunt, quibus dignitates et opes fuerunt benedictiones in mundo. したがって、彼らに地位と富が他の者よりもあること、その者に愛と知恵が他の者よりもある、その者である、その者に地位と富が世の中で祝福であった。


[5.] Ex his constare potest, quales sunt dignitates et opes spirituales, quod sint rei et non personae. [5.] これらから明らかにすることができる、霊的な地位と富がどんなものであるか、事柄のものであり、人物のものでないこと。


Persona quidem [1]quae in dignitate ibi est, in magnificentia et gloria est, qualis est regum in terris; 確かに人物は、その者は☆そこに地位にある、りっぱさの中に、また栄光(称賛)の中に、地の中の王であるような。


ついその者はquiと書いてしまいたくなりますが、通常personaは女性名詞です。チャドウイックによれば、意味に関して男性と扱うこともあり、ここがその例です。それでquiのままでも「間違い」とまで言い切れません。


sed usque non spectant ipsam dignitatem ut aliquid, sed usus, in quorum administratione et functione sunt. しかし、それでも、地位そのものを何らかのものであるように眺めない、しかし、役立ち、それらの中に管理(体制)と機能(職務)がある。


Recipiunt quidem honores, quisque suae dignitatis, at ipsi non tribuunt sibi illos, sed ipsis usibus; 確かに名誉を受ける、それぞれの者が自分の地位に、しかし、〔彼ら〕自身は自分自身にそれらを帰さない、しかし、役立ちそのもの(自体)に〔帰す〕。


et quia omnes usus sunt a Domino, tribuunt illos Domino, a quo: またすべての役立ちは主からであるので、それらを主に帰する、そこからの。


tales itaque sunt dignitates et opes spirituales, quae aeternae sunt. そこで、このようなものが霊的な地位と富である、それらは永遠のものである。


[6.] Aliter vero fit illis, quibus dignitates et opes in mundo fuerunt maledictiones; [6.] けれども、彼らに異なって生じる、それらの者に世の中の地位と富が呪いであった。


hi quia illas sibi tribuerunt, et non usibus, et quia non voluerunt quod usus dominarentur super illos, sed illi super usus, quos reputaverunt ut usus, quantum suo honori et suae gloriae inserviverunt, ideo in inferno sunt, et ibi vilia mancipia, in contemptu et miseria; これらの者は、それらを自分自身に帰した者、また役立ちにでなく、役立ちが彼らの上で支配することを欲しなかったので、しかし、彼らが役立ちの上で〔支配する〕、それ〔役立ち〕を役立ちと見なした、自分の名誉にまた自分の栄光(称賛)仕えるかぎり、それゆえ、地獄の中にいる、またそこで卑しい奴隷〔である〕、軽蔑と悲惨の中の。


quare quia dignitates et opes illae pereunt, dicuntur temporariae et caducae. それゆえ、それらの地位と富は滅びる(失われる)ので、一時的なものとはかないものと呼ばれる。


De his et illis ita docet Dominus, これら〔後者〕とそれら〔前者〕について、このように主は教えられている、


“Ne reponite vobis thesauros in terra, ubi aerugo et tinea corrumpit, et ubi fures perfodiunt et furantur: あなたがたに宝物を地の中に蓄えるな、そこにさびとウジがだめにする(悪くする)、またそこに盗人が穴を掘り抜き、盗む。


ここのギリシア語聖書は直訳で「あなたがたは地の上に宝物を宝として積み上げるな、そこでは虫とさびが消してしまう」となっています。(さびとウジの順が逆)


recondite autem vobis thesauros in caelo, ubi neque aerugo neque tinea corrumpit, et ubi fures non perfodiunt, neque furantur; けれども、あなたがたに宝物を天の中に蓄えよ、そこにさびも、ウジもだめにしない、またそこに盗人は穴を掘り抜かない、また盗まない。


nam ubi est thesaurus vester,..etiam est cor vestrum” (Matth. vi. 19-21). なぜなら、そこにあなたがたの宝物がある…あなたがたの心もまたあるから」(マタイ6:19-21)


[7.] Tertio: [7.] 第三に:


Quod dignitates et opes quae sunt maledictiones, respective ad dignitates et opes quae sunt benedictiones, sint sicut non aliquid ad omne; 「地位と富は、それらは呪いである、名誉と富にと比較すれば、それらは祝福である、すべてと比べて何ものでもないようなものであること」


et sicut quod non in se est, ad id quod in se est. 「また本質的に存在しないような、それに比べて、本質的に存在するもの」


Omne quod perit, et non fit aliquid, intus in se non est aliquid, est quidem extus aliquid, immo apparet sicut multum, et quibusdam sicut omne, quamdiu durat, sed non intus in se. すべてのもの、それは滅びる、また何ものでもない、内部に本質的に何ものでもない、確かに外部で何らかのものであるが、それどころか(むしろ)、多くのもののように見える、またある者たちにすべてのもののように、存続するかぎり、しかし、内部で本質的に〔そのようなものでは〕ない。


Est sicut superficies, intra quam non est aliquid; 表面のようである、その内部に何らかのものがない。


et est sicut persona theatri in regia veste, dum ludus finitur: また王の衣服を着た(の中の)舞台(劇場)の役者(人物)のようである、戯れが終わる時〔までの〕。


at quod manet in aeternum, id in se perpetuo est aliquid, ita omne; しかし、永遠の中にとどまるものは、それは本質的に永続する何らかのものである、このようにすべてのもの。


et quoque Est, quia non desinit esse. そしてまた「存在する」、存在することをやめないので。


@1 quae (cum Doctore Tafel) pro “qui” 注1 qui」の代わりにquae(ターフェル博士にしたがって)


 


(3) 訳文


217.  [4.] 第二に:「名誉と富は、祝福である時、霊的であり、永遠であるが、しかし、呪いである時、一時的なものであり、はかないものであること」


 天界の中に世の中のような地位と富がある。なぜなら、そこに統治があり、またここから管理と職務があり、そしてまた商業があり、また、ここから富、社会と集まりがあるからである。


 全天界は二つの王国に分かれていて、それらの一つは天的な王国、もう一つの王国は霊的な王国とと呼ばれる。またそれぞれの王国は、愛の相違とそこからの知恵の相違にしたがって、大きいものや小さい、数えきれない、それらのすべてとそれらの中のすべて社会は、配列されている。天的な王国の社会は主への愛である天的な愛の相違にしたがって、また霊的な王国の社会は隣人に対する愛である霊的な愛の相違にしたがっている。このような社会があるので、また世の中で人間であったそれらの中にいるすべての者は、ここから自分自身のもとに世の中で持った愛を、霊的である相違とともに、それらを保持する。地位と富そのものは、霊的な王国の中で霊的であり、そして天的な王国の中で天的である。したがって、愛と知恵が他の者よりもある者には地位と富が他の者よりもあり、その者には地位と富が世の中で祝福であったのである。


[5.] これらから、霊的な地位と富がどんなものであるか、事柄のものであり、人物のものでないことを明らかにすることができる。


 確かに、そこの人物は、地上の王であるようなりっぱな称賛される地位にあるが、しかし、それでも、地位そのものでなく、管理と職務のある役立ちに目を向けている。確かに、それぞれの者が自分の地位に名誉を受けるが、しかし、彼ら自身は自分自身にそれらを帰さないで、役立ちそのものに帰している。また、すべての役立ちは主からであるので、それらをそのもとである主に帰する。そこで、このようなものが霊的な地位と富であり、それらは永遠のものである。


[6.] けれども、世の中の地位と富が呪いであった者には異なっている。役立ちではなく、それら〔地位と富〕を自分自身に帰したこれらの者は、役立ちが自分を支配するのでなく、自分が役立ちを支配することを欲したので、、自分の名誉にまた自分の栄光(称賛)仕えるかぎり、その役立ちを役立ちと見なし、それゆえ、地獄の中にいて、またそこで軽蔑と悲惨の中にある卑しい奴隷である。


 それゆえ、それらの地位と富は滅びるので、一時的なものとはかないものと呼ばれる。後者と前者について、次のように主は教えられている、


 


「あなたがたは宝物を地に蓄えるな、そこでは、さびとウジがだめにす、また盗賊が穴を掘り抜き、盗む。けれども、あなたがたは宝物を天に蓄えよ、そこでは、さびも、ウジもだめにしない、またそこでは盗属は穴を掘り抜かない、また盗まない。なぜなら、あなたがたの宝物があるところに…あなたがたの心もまたあるから」(マタイ6:19-21)


 


[7.] 第三に:「呪いである名誉と富は、祝福である名誉と富と比較すれば、すべてと比べて何ものでもないようなもの、そして、本質的に存在するものに比べて本質的に存在しないようなものであること」


  確かに外部では何らかのものであり、それどころか、多くのもののように、また存続するかぎり、ある者たちにすべてのもののように見えるが、内部では本質的に何ものでもなく、内部で本質的にそのようなものではないすべてのものは滅び、また何ものでもない。内部に何らかのものがない表面〔だけ〕のようなものである。また、劇が終わる時までの、王の衣服を着た舞台の役者のようである。しかし、永遠の中にとどまるものは本質的に永続する何らかのものであり、このようにすべてのものである。そしてまた存在することをやめないので「存在する」ものである。 

原典講読『神の摂理』 218

 

(1) 原文


218.  (iii.) Quod temporaria ac aeterna separentur ab homine, sed quod conjungantur a Domino: quod ita sit, est quia omnia hominis sunt temporaria, ex quibus homo potest vocari temporarius, ac omnia Domini sunt aeterna, ex quibus Dominus vocatur Aeternus; ac temporaria sunt quae finem habent et pereunt, at aeterna sunt quae non finem habent, et non pereunt. Quod haec duo non conjungi possint, nisi quam per infinitam sapientiam Domini, et sic quod a Domino conjungi possint, et non ab homine, quisque potest videre. Ut autem sciatur, quod illa duo ab homine separentur, et a Domino conjungantur, demonstrandum est in hoc ordine. (1.) Quid temporaria et quid aeterna. (2.) Quod homo sit temporarius in se, et quod Dominus sit aeternus in Se; et quod inde ab homine non possit procedere nisi quam temporarium, et quod a Domino non nisi quam aeternum. (3.) Quod temporaria separent aeterna a se, et quod aeterna conjungant temporia sibi. (4.) Quod Dominus conjungat hominem Sibi per apparentias. (5.) Et quod per correspondentias.


 


(2) 直訳


(iii.) Quod temporaria ac aeterna separentur ab homine, sed quod conjungantur a Domino: (iii.) 「一時的なものと永遠のものが人間により分離されること、しかし、主により結合される」―


quod ita sit, est quia omnia hominis sunt temporaria, ex quibus homo potest vocari temporarius, ac omnia Domini sunt aeterna, ex quibus Dominus vocatur Aeternus; このようであることは、人間のすべてのものは一時的なものであるからである、それらから、人間は一時的なものと呼ばれることができる、そして主のすべてのものは永遠なものである、それらから主は「永遠(なる者)」と呼ばれることができる。


ac temporaria sunt quae finem habent et pereunt, at aeterna sunt quae non finem habent, et non pereunt. そして一時的なものは、それらは終わりを持つ、また滅びる、しかし、永遠のものは、それらは終わりを持たない、また滅びない。


Quod haec duo non conjungi possint, nisi quam per infinitam sapientiam Domini, et sic quod a Domino conjungi possint, et non ab homine, quisque potest videre. これら二つのものは結合されることができないこと、主の無限の知恵によって以外にでないなら、またこのように主により結合されることができること、また人間によらない、だれでも見ることができる。


Ut autem sciatur, quod illa duo ab homine separentur, et a Domino conjungantur, demonstrandum est in hoc ordine. けれども、知られるために、それら二つのものが人間により分離されること、また主により結合されることが、示され(論証され)なければならない、この順序の中で。


(1.) Quid temporaria et quid aeterna. (1.) 何が一時的なものか、また何が永遠なものか。


(2.) Quod homo sit temporarius in se, et quod Dominus sit aeternus in Se; (2.) 人間は本質的に(それ自体の中で)一時的なものであること、また主は本質的に永遠なものであること。


et quod inde ab homine non possit procedere nisi quam temporarium, et quod a Domino non nisi quam aeternum. またここから、人間からは一時的なもの以外でないなら発出することができないこと、また主からは永遠なもの以外でないなら〔発出し〕ないこと。


(3.) Quod temporaria separent aeterna a se, et quod aeterna conjungant temporia sibi. (3.) 一時的なものは、永遠なものをそれ自体から分離すること、また永遠なものは一時的なものをそれ自体に結合させること。


(4.) Quod Dominus conjungat hominem Sibi per apparentias. (4.) 主は人間をご自分に結合されること、外観によって。


(5.) Et quod per correspondentias. (5.) また、対応によって〔結合される〕こと。


 


(3) 訳文


218.  (iii.) 「一時的なものと永遠のものは人間により分離されるが、しかし、主により結合されること」―


 このようであることは、人間のすべてのものは一時的なものであり、それらから、人間は一時的なものと呼ばれることができ、そして主のすべてのものは永遠なものであり、それらから主は「永遠(なる者)」と呼ばれることができるからである。そして一時的なものには終わりがあり、また滅びる、しかし、永遠のものには終わりがなく、また滅びない。これら二つのものは、主の無限の知恵によってでしか結合されることができないこと、またこのように主により結合されることができ、人間によらないことは、だれでも見ることができる。


 けれども、それら二つのものが人間により分離されること、また主により結合されることが知られるために、次の順序で論証されなければならない。


 (1.) 何が一時的なものか、また何が永遠なものか。


 (2.) 人間は本質的に一時的なものであること、また主は本質的に永遠なものであること。またここから、人間からは一時的なものしか発出することができないこと、主からは永遠なものしか発出しないこと。


 (3.) 一時的なものは、それ自体から永遠なものを分離すること、また永遠なものはそれ自体に一時的なものを結合させること。


 (4.) 主は人間をご自分に外観によって結合されること。


 (5.) また、対応によって〔結合される〕こと。