原典講読『聖書』 117, 118(最終回)

 

(1) 原文


117.  Quod ab antiquissimis temporibus fuerit religio, et incolae orbis ubivis noverint de Deo, et aliquid de vita post mortem, non fuit ex ipsis, et ex proprio illorum acumine, sed ex Verbo Vetusto (de quo supra, n. 101-103), et postea ex Verbo Israelitico. Ex his religiosa emanaverunt in Indias et illarum insulas; perque Aegyptum ac Aethiopiam in regna Africae; et ex maritimis Asiae in Graeciam; et inde in Italiam. Sed quia Verbum non potuit aliter quam per repraesentativa esse conscriptum, quae sunt talia in mundo quae correspondent caelestibus et inde significant illa, ideo religiosa plurium gentium versa sunt in idolatrica, et in Graecia in fabulosa; ac attributa et praedicata Divina in totidem Deos, quibus praefecerunt supremum, quem vocaverunt Jovem ({1}forte) a Jehovah. Quod illis cognitio fuerit de paradiso, de diluvio, de igne sacro, de quatuor aetatibus, a prima aurea ad ultimam ferream, per quas in Verbo significantur quatuor status ecclesiae, (ut apud Danielem, cap. ii. 31-35,) notum est. Quod religiosum Mahumedanum, quod successit, et religiosa plurium gentium priora delevit, ex Verbo utriusque Testamenti desumptum sit, etiam notum est.


@1 forte:sic V.C.R., n. 275.


 


(2) 直訳〔ここは『真のキリスト教』275番に引用されている〕


Quod ab antiquissimis temporibus fuerit religio, et incolae orbis ubivis noverint de Deo, et aliquid de vita post mortem, non fuit ex ipsis, et ex proprio illorum acumine, sed ex Verbo Vetusto (de quo supra, n. 101-103), et postea ex Verbo Israelitico. 最古代の時代から宗教があったこと、また世界(地球)のどこでも住民は神について知った、また死後の生活について何らかのもの、自分自身からではなかった、しかし、古代のみことばから(そのことについて、上の101-103)、またその後、イスラエルのみことばから。


Ex his religiosa emanaverunt in Indias et illarum insulas; これらから宗教的な事柄がインドとそれらの島々に広がった。


perque Aegyptum ac Aethiopiam in regna Africae; またエジプトとエチオピアを通してアフリカの国々に。


et ex maritimis Asiae in Graeciam; またアジアの海岸の〔国々〕からギリシアに。


et inde in Italiam. またここからイタリアに。


Sed quia Verbum non potuit aliter quam per repraesentativa esse conscriptum, quae sunt talia in mundo quae correspondent caelestibus et inde significant illa, ideo religiosa plurium gentium versa sunt in idolatrica, et in Graecia in fabulosa; しかし、みことばは表象するものによって以外に異なって書かれることができなかったので、それらは世の中にあるようなものである、それらは天界のものに対応する、またここからそれらを意味する、それゆえ、多くの国民の宗教的な事柄は偶像崇拝☆1に、変わった、またギリシアで神話☆2に。


1 原文中のidolatricaは誤植です。正しい綴りはidololatricaで、初版もそうなっています。英語の綴りには-lo-がないのでこれまでつい見逃されてきたのでしょうか。お粗末です。


2 形容詞fabulosus「架空の、寓話の」は実詞のとき「寓話」(柳瀬訳・長島訳)でなく「神話」です。


ac attributa et praedicata Divina in totidem Deos, quibus praefecerunt supremum, quem vocaverunt Jovem ({1}forte) a Jehovah. そして神の属性(特質)と述語(属性)同数の神々に〔変わった〕、それらに最高のものにを上に置いて、それをユーピテルと呼んだ(おそらく☆)エホバから。


注のとおり、後から書いた『真のキリスト教』にこの語が補われているので、訳文に追加したほうがよいでしょう。


Quod illis cognitio fuerit de paradiso, de diluvio, de igne sacro, de quatuor aetatibus, a prima aurea ad ultimam ferream, per quas in Verbo significantur quatuor status ecclesiae, (ut apud Danielem, cap. ii. 31-35,) notum est. 彼らに知識があったことが、楽園について、洪水について、聖なる火について、四つの時期について、最初の金から最後の鉄まで、みことばの中のそれらによって教会の四つの状態が意味された(例えば「ダニエル書」に、第231-35)、知られていた。


Quod religiosum Mahumedanum, quod successit, et religiosa plurium gentium priora delevit, ex Verbo utriusque Testamenti desumptum sit, etiam notum est. ムハンマドの(イスラム教の)宗教の事柄は、それは後に続く、また以前の多くの国民の宗教の事柄を滅ぼした、両方の契約のみことばから引き出したこと、〔このこと〕もまた知られている。


@1 forte:sic V.C.R., n. 275.  1 forte:―このように『真教』275番〔にある〕


 


(3) 訳文


117.  最古代の時代から宗教があった、また世界のどこでも、そこの住民は神について、また死後の生活について何らかのものを自分自身からではなく、古代のみことばから(そのことについては前の101-103)、またその後、イスラエルのみことばから知っていた。これらから、宗教的な事柄がインドとそれらの島々に、またエジプトとエチオピアを通してアフリカの国々に、またアジアの海岸の国々からギリシアに、またここからイタリアに広がった。しかし、みことばは、世の中にあるようなものであって、それらは天界のものに対応し、またここからそれらを意味する表象するものによってしか書かれることができなかったので、それゆえ、多くの国民の宗教的な事柄は偶像崇拝に、またギリシアで神話に変わった。そして神の特質と属性は同数の神々に変わり、それらの神々に最高の神を上に置いて、それをおそらくエホバから〔古代ローマでは〕ユーピテルと呼んだ。彼らに、楽園について、洪水について、聖なる火について、最初の金から最後の鉄まで四つの時期について、みことばの中のそれらによって教会の四つの状態が意味された(例えば「ダニエル書」第231-35)、それらの知識があったことが知られている。その後に続き、また以前の多くの国民の宗教を滅ぼしたイスラム教は、両契約聖書から宗教的な事柄をから引き出したこともまた知られている。


 


(1) 原文


118.  Ultimo dicam quales illi post mortem fiunt, qui propriae intelligentiae omnia adscribunt, ac parum, si quicquam, Verbo. Primum fiunt sicut ebrii, postea sicut fatui, et demum stupidi, et sedent in tenebris. Caveant itaque sibi a tali delirio.


 


(2) 直訳〔ここは『真のキリスト教』276番の一部に引用されている〕


Ultimo dicam quales illi post mortem fiunt, qui propriae intelligentiae omnia adscribunt, ac parum, si quicquam, Verbo. 最後に私は言う(未来)、彼らは死後、どのようなものになるか、自己知性にすべてのものを帰した者ら、そしてわずかなものを、もし何かを〔それがある〕なら、みことばに。


Primum fiunt sicut ebrii, postea sicut fatui, et demum stupidi, et sedent in tenebris. 最初に、酔いどれのようになる、その後、愚かな者のように、また、最後に愚かな者☆〔になる〕また暗やみに座る。


チャドウイックの『レキシコン』では語義に違いがありませんが、ここは「どうしようもないばか、大ばか者、まぬけ」の訳がよいでしょう。


Caveant itaque sibi a tali delirio. そこで彼らは用心する(未来☆)自分自身に、このような狂気(狂信)から。


未来時制は勧奨、あるいは命令のニュアンスを帯びることがあります(小林『楽しくまなぶラテン語』)


 


(3) 訳文


118. 最後に、自己知性にすべてのものを帰し、みことばに、もしあったとしてもわずかなものを帰した者らが死後、どのようなものになるか言っておこう。


最初に、酔いどれのように、その後、愚かな者のように、また、最後にどうしようもないばかになり、暗やみに座っている。


 そこで、このような狂信を警戒するがよい


 


* * *


 


これで終わりですが、この『聖書について』何が書いてあったか、総復習する意味で、直訳のままであった各章の『見出し』を、原文とその訳文とともに、ここに述べます。すなわち「目次」です。


 


(I.) QUOD SCRIPTURA SACRA SEU VERBUM SIT IPSUM DIVINUM VERUM.


聖書、すなわち、みことばは神的な真理そのものであること


(II.) QUOD IN VERBO SENSUS SPIRITUALIS SIT, HACTENUS IGNOTUS.


みことばの中に、今まで知られていない霊的な意味があること


(III.) QUOD SENSUS LITTERAE VERBI SIT BASIS, CONTINENS ET FIRMAMENTUM SENSUS SPIRITUALIS ET CAELESTIS EJUS.


みことばの文字通りの意味は、その霊的な意味と天的な意味の土台、容器、支柱であること


 


(IV.) QUOD DIVINUM VERUM IN SENSU LITTERAE VERBI, SIT IN SUO PLENO, IN SUO SANCTO, ET IN SUA POTENTIA.


神的な真理は、みことばの文字通りの意味の中で、その満ちたものの中に、その聖なるものの中に、またその力の中にあること


(V.) QUOD DOCTRINA ECCLESIAE EX SENSU LITTERAE VERBI HAURIENDA SIT, ET PER ILLUM CONFIRMANDA.


教会の教えは、みことばの文字通りの意味から汲まれ、またそれによって確信されなければならないこと


(VI.) QUOD PER SENSUM LITTERAE VERBI SIT CONJUNCTIO CUM DOMINO, ET CONSOCIATIO CUM ANGELIS.


みことばの文字通りの意味によって主との結合があり、また天使たちとの交わりがあるること


(VII.) QUOD VERBUM IN OMNIBUS CAELIS SIT, ET QUOD INDE SAPIENTIA ANGELICA.


みことばはすべての天界にあること、またここから天使の知恵があること


(VIII.) QUOD ECCLESIA SIT EX VERBO, ET QUOD TALIS SIT QUALIS EI EST INTELLECTUS VERBI.


教会はみことばからであること、また教会はそこにみことばがどのよう理解されるかによって、そのようなものであること


(IX.) QUOD IN SINGULIS VERBI SIT CONJUGIUM DOMINI ET ECCLESIAE, ET INDE CONJUGIUM BONI ET VERI.


みことばの個々のものの中に主と教会の結婚があること、またここから善と真理の結婚があること


(X.) QUOD HAERESES EX SENSU LITTERAE VERBI CAPTARI POSSINT, SED QUOD CONFIRMARE ILLAS DAMNOSUM SIT.


異端は、みことばの文字通りりの意味からつくり上げることができること、しかし、それらを確信することは断罪されること


(XI.) QUOD DOMINUS IN MUNDUM VENERIT, UT IMPLERET OMNIA VERBI, ET PER ID FIERET DIVINUM VERUM SEU VERBUM ETIAM IN ULTIMIS.


主は、みことばのすべてを満たすために、世に来られ、またそのことによって最後のものの中でもまた神的な真理、すなわち、みことばとなれたこと


(XII.) QUOD ANTE HOC VERBUM, QUOD HODIE EST IN MUNDO, FUERIT VERBUM QUOD DEPERDITUM EST.


今日、世の中にある、みことばの前にも、みことばがあり、それは失われたこと


(XIII.) QUOD PER VERBUM ETIAM SIT LUX ILLIS QUI EXTRA ECCLESIAM SUNT, ET NON HABENT VERBUM.


みことばによって、教会の外にいて、みことばを持っていない者たちにもまた光があること


(XIV.) QUOD NISI VERBUM FORET, NEMO SCIRET DEUM, CAELUM ET INFERNUM,


VITAM POST MORTEM, ET MINUS DOMINUM.


みことばがないなら、だれも神を、天界と地獄を、死後の生活を、またなおさら主を知らないこと


 


 ☆原典講読は、『神の摂理』に入ります。

コメントを残す