韓国新教会との交流が始まるか? その1 

 

 ここで韓国新教会のヤン師夫妻が来日した(527日~30)。同教会へ日本からはすでにKさん(4)Sさんが訪問している。KさんSさんの招待も幾分あってのことであるが、ここで「私的旅行」という名目で、私たち「ジェネラルチャーチ東京グループ」の礼拝に参加された。以下雑談風に(と言おうかそのようにしか語れない)、筋道もなく、私の交流を述べてみる。


 


527() JAL 954便にて1610分成田到着(実際は20分前)。出迎えは私一人。初対面ではあるが事前にSさんから顔写真を知らされているので、大丈夫。4:30頃、ほぼ最後に出てきた。師からの最初の言葉は「Nice meet you!」。奥さまは英語ができない。すなわち、会話は英語でヤン師とだけ。


私は退職してfreeなので、他にだれもいなければ、こうした出迎えを引き受ける(ある意味、「便利な存在」であろう)。宿泊先の新宿まで電車で案内。夫妻は日本初訪問である。途中、訪問希望地を聞くが何の希望もない、興味があるものとして、わずかに聞き出せたのが「神社仏閣」、当然であろう。世間話も適当にする。すなわち、彼から「Can I ask your age?…」などである。師が60歳、私が63歳。ともに定年退職の身である。病院に勤めていたとのこと(後でX線技師であったと知る)


名前を紹介しておこう、しかし、発音などよくわからない。正確でないかもしれない。


 


ヤン・フウ?・デ Yang Gyu Dae(梁圭大) ウン?・シュ・ヒEun Sook Hee(殷叔姫)


 


ローマ字は師本人に書いてもらったのでO.K.と思う。漢字も書いてもらったがやや怪しい。例えば、「圭」には点があり、「姫」は師が最初に書いたときはこれだったが、次に奥さまが書いたときは「女」編がリッシンベンになっていた。


 


宿は歌舞町のど真ん中、しかし周囲にいくらでもあるラブホテルではない。夕方6時過ぎとなり、駅からのホテルまでの途中、スーツを着込んだ「ホスト」がごろごろ。一応、彼らが何者か説明した。わかっただろうか? チェックインをした後、遅くなったこともあって、新宿の案内は少しにして、すぐに夕食にすることにした。最初に「花園神社」に行った。あちこちで「露店」の用意していた。翌日にわかったことであるが、金・土・日と花園神社の「例大祭」であった。


最初、「何でこんなところ(新宿)に宿を取ったのだろう、環境劣悪」と思っていたが、結果的には大正解だった。翌日、日本の伝統的祭りが味わえたのだから。


 


さて、「これが伊勢丹」「これが三越」とデパートを案内し(奥さまが寄られるかもしれないから)、「つな八」へ行った。話は逸れるが江戸(東京)の味をご存じだろうか? 私は次の五つと思っている。「そば、(江戸前)寿司、てんぷら、ウナギ」そして明治に入って「すき焼き」である。


外人が日本(東京)に来た時、まずはこれらを味わってもらうことにしている。すなわち、てんぷら「つな八」である。店まで案内し、帰ろうと思っていたのだか、「一緒に食べろ」というので、接待する側なのに結果的にはごちそうになってしまった。カウンター席で目の前で揚げてもらう。店の揚げているオヤジが「どこから来たんですか?」と聞く、「韓国からです」と答えた。なんと揚げている品物を韓国語で説明している。こんなことがあるもんだ、と驚く。そして「アナゴ」は韓国語でも「アナゴ」いうらしい。話していたら、オヤジが「これ」と、アナゴを手にとって見せてくれた。


 


27日はこれまで。なぜこのようなことを話すかと言うと、Mさんがそうであるが、私の雑談(雑木林)を期待している人がいるからである。続きは明日。

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