パリ再訪、一家で

 

 昨年11月、夫婦でフランスへ行った。「レキシコン」の翻訳終了を記念し、凱旋門に登るためであった。これが一番の理由であったが、「女房孝行」の意味もあった。いい加減で、わがままな私なので、日ごろ苦労をかけている女房にせめてもの感謝のしるしである(それなら、私だけの自由な旅行がいい、と言われてしまうかもしれない)


 その「旅行記」を書かなかったのは、なんとなく中途半端な旅だった気がするからである。ニースからアヴィニヨン、リヨンを経て、モンサンミッシェル、パリだった。その間、フランスが大農業、大放牧の国であると実感した。国の広さは日本の1.5倍らしいが、30倍にも感じたい(これが正しかったのは「ある計算」からわかるが割愛)。見渡すかぎり「牛」しかいない。広大さでは北海道の5()か


ともかく、パンがうまかった、日本で食べていたパンとは何だったんだろう、という気がしてくる。ワインやチーズが(うまくて)めちゃくちゃ安い。そこで感じた、「フランス人は毎日、フランス料理を食べている!」。


パリでは丸二日間の自由行動であったが、行けるところは限られていた。朝9時前にモンマルトルのサクレ・クール寺院に行ったら、尼僧だけで礼拝を行なっていた、女声合唱が美しく響いた。女房は感激しきりであったようだ。9時に礼拝終了、その後、観光客が集まって来て、おごそかな雰囲気は失われた。「これは」と思う寺院は「朝一」に限るかもしれない。


 


さて、高校1年生となった娘をそろそろ(初めての)海外旅行に連れて行こうと思っていた。もう少し大きくなったら、親となんか一緒に行かないだろう。初めは「安・近・短」を考えていた。娘も「どこでもいい」とは言っていた。「どうせ行くんなら、パリにしようか」と言ったら、「そりゃ、行けるんならパリがいい」(ま、女の子ならあたりまえだね)。 


 


それで、中途半端だったパリ見物の続きをすることした。今度は上記の娘(長女)、三男と一緒の一家四人の家族旅行である。長男、次男はすでに結婚して家を出ている。三男は5年前の大学2年生の時、長男と一緒にパリに行っているので、これが私と同じく2度目のパリとなる。


 


 凱旋門で万歳をし、そこからエッフェル塔のシャンパンライトと見ただけで、塔には登れなかったが、今回は登れるだろう、またモンサンミッシェルもそこに泊るので、朝、夜の景色が楽しめそうである。


 


「年金暮らしでよくそんな金がありますね」と言われちゃいそうだが、普段、このために節約している。23日早朝に立つので、その日から1週間ほど(29日帰国)このブログはお休み。 

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