(1) 原文
254. (iv.) Qualis est naturalis homo, apud quem spiritualis gradus prorsus occlusus est.― Gradus spiritualis occluditur apud illos qui in
[1] et pro “est”
(2) 直訳
(iv.) Qualis est naturalis homo, apud quem spiritualis gradus prorsus occlusus est.― (iv.) 自然的な人間はどんなものであるか、彼のもとで霊的な段階が完全に閉ざされている。(iv.) 霊的な段階が完全に閉ざされている自然的な人間はどんなものであるか。
Gradus spiritualis occluditur apud illos qui in malis sunt quoad vitam, et magis apud illos qui ex malis in falsis sunt. 霊的な段階が彼のもとで閉ざされているその者は生活に関して悪の中にいる、またさらに〔閉ざされている〕彼らのもとで悪からの虚偽の中にいる者ら。
Hoc simile est sicut cum fibrilla nervi, quae a minimo tactu alicujus heterogenei se contrahit; このことは神経の小繊維と似ている、それは何らかの異質なものの最小の接触によりそれ自体を縮ませる。
similiter omnis fibra motrix musculi, immo ipse musculus, ut et totum corpus a tactu duri aut frigidi; 同様に、筋肉のすべての運動繊維、実に筋肉そのもの、そのようにまた全身が固いものまたは冷たいものの接触から。
ita quoque substantiae seu formae gradus spiritualis apud hominem a malis et inde falsis, haec enim sunt heterogenea. このように人間のもとの霊的な段階の実体または形もまた、悪とそこからの虚偽により〔縮む〕、なぜなら、これらは異質であるから。
Gradus enim spiritualis, quia in forma caeli est, non admittit nisi bona, ac vera quae ex bono sunt; なぜなら、霊的な段階は、天界の形の中にあるので、善でないなら入ることを許さないから、そして真理、それは善からである。
haec sunt ei homogenea; これらはそれに同質である。
at mala et falsa quae mali sunt, ei heterogenea. しかし、悪と虚偽は、それは悪のものである、それに異質である。
Hic gradus contrahitur, et per contractionem occluditur, imprimis apud illos qui in mundo ex amore sui in amore dominandi sunt, quoniam hic amor oppositus est amori in Dominum. この段階は縮ませられる、また収縮によって閉ざされる、特に彼らのもとで、世の中で自己愛からの支配する愛の中にいる者ら、この愛は主への愛に対立するからである。
Occluditur etiam apud illos qui ex amore mundi in vesana cupiditate possidendi aliorum bona sunt; さらにまた彼らのもとで閉ざされている、世俗愛から他の者の財産を所有することの狂った欲望の中にいる者ら。
sed non in tantum. しかし、こんな程度の中になく。
Causa quod illi amores claudant gradum spiritualem, est quia sunt origines malorum. 理由は、これらの愛は霊的な段階を閉ざすこと、悪の起源であるからである。
Contractio seu occlusio illius gradus est sicut retorsio spirae in oppositum: この段階を収縮または閉ざすことは反対へ渦巻の曲げ返すことのようである。
quae causa est, quod postquam ille gradus occlusus est, reflectat lucem caeli; これが理由である、その段階が閉ざされた後、天界の光を反射すること。
inde pro luce caeli ibi est caligo; ここから天界の光の代わりに、そこに暗黒がある。
proinde veritas, quae in luce caeli est, fit nausea. それゆえに真理は、それは天界の光の中にある、吐き気を生じさせる。
Apud hos non modo ipse ille gradus occluditur, sed etiam superior regio gradus naturalis, quae vocatur rationalis; この者らのもとでその段階自体が閉ざされるだけでなく、しかしまた自然的な段階の高い領域もまた〔閉ざされる〕、それは理性的と呼ばれる。
usque dum ima regio gradus naturalis solum stet aperta, quae vocatur sensualis; 自然的な段階の最低の領域だけにまで、開かれて置かれる、それは感覚的と呼ばれる。
haec enim proxima est mundo et sensibus externis corporis, ex quibus ille homo postea cogitat, loquitur et ratiocinatur. なぜなら、これは世と身体の外なる感覚に最も近いから、それらからそれらの人間はその後、考え、話し、推論する。
Naturalis homo, qui sensualis factus est per mala [1]et inde falsa, ille in mundo spirituali in luce caeli non apparet sicut homo, sed sicut monstrum, etiam cum retracto naso: 自然的な人間は、その者らは悪とそこからの虚偽によって感覚的となっている、彼らは天界の光の中の霊界の中で人間のように見えない、しかし怪物のように、さらにまた鼻を引っ込めて。
quod intracto naso, est quia nasus correspondet perceptioni veri. 鼻を引っ込めていることは、鼻は真理の知覚に対応するからである。
Ille etiam non sustinet radium lucis caeli; さらにまた、彼らは天界の光の光線を耐えない。
est illis in suis cavernis non alia lux, quam sicut lux ex prunis seu ignitis carbonibus. 彼らに自分たちの洞窟の中で何らかの光はない、燃えさしまたは炭火からの光のようなもの以外に。
Ex his patet, quinam et quales sunt illi, apud quos spiritualis gradus occlusus est. これらから明らかである、彼らがだれであり、どんなものか、彼らのもとで霊的な段階が閉ざされている。
[1] et pro “est” 原注[1]「est」の代わりにet
(3) 訳文
254. (iv.) 霊的な段階が完全に閉ざされている自然的な人間はどんなものであるか。
生活に関して悪の中にいる者らは彼のもとで霊的な段階が閉ざされており、悪からの虚偽の中にいる者らのもとではさらに閉ざされている。このことは、何らかの異質なものがほんの少しでも触れると縮む神経の小繊維と似ている。筋肉のすべての運動繊維も、実に筋肉そのものも、そのようにまた全身も同様に、固いものまたは冷たいものに触れると縮む。このように人間のもとの霊的な段階の実体または形もまた、悪とそこからの虚偽により縮む、これらは異質であるからである。なぜなら、霊的な段階は、天界の形の中にあるので、それと同質である善と善からのものである真理でないなら入ることを許さないから。しかし、悪と悪のものである虚偽はそれと異質である。この段階は、特に、世で自己愛からの支配する愛の中にいる者らのもとで縮み、また収縮によって閉ざされる。その愛が主への愛に対立するからである。さらにまた、世俗愛から他の者の財産を所有しようとする狂った欲望の中にいる者らもとで閉ざされているが、しかし、前の者らほどではない。これらの愛は霊的な段階を閉ざす理由は、悪の起源であるからである。この段階の収縮または閉鎖は渦巻を反対へ曲げ返すことのようである。これが、その段階が閉ざされた後、天界の光を反射することの理由である。ここから、天界の光の代わりに、そこに暗黒がある。それゆえ、天界の光の中にある真理は、吐き気を催させる。この者らのもとでは、その段階そのものだけでなく、理性的と呼ばれる自然的な段階の高い領域もまた閉ざされる。感覚的と呼ばれる自然的な段階の最低の領域だけが開かれている。なぜなら、これは世と身体の外なる感覚に最も近いから、それらからその人間はその後、考え、話し、推論する。悪とそこからの虚偽によって感覚的となっている自然的な人間は、天界の光の中の霊界で人間のように見えず、怪物のように、さらにまた鼻を引っ込めて見える。鼻を引っ込めているのは、鼻は真理の知覚に対応するからである。彼らはまた天界の光の光線にも耐えられない。自分たちの洞窟の中で、彼らには燃えさしまたは炭火からの光のようなもの以外に光はない。これらから、霊的な段階が閉ざされている者らがだれであり、どんなものか、明らかである。