前日、「若きスヴェーデンボリが訪れたであろう・・・」と書いたが、訂正の必要があるかもしれない。スヴェーデンボリが訪れた外地はロンドンが圧倒的である(ほとんどが出版の目的)が、パリ(フランス)も二度訪れている。一度目は大学終了後の長期海外遊学である。定職に着く前に外遊するのは当時のヨーロッパの学生の風習であったようで、今日も行なわれている。『スヴェーデンボリ叙事詩』第4章はその記事である。イギリス、オランダと遊学し、パリ滞在は26歳(1714年)のことである。このとき学ぶだけでなく、仲間とともに各地を見物している。それで前回の記事はこのときのスヴェーデンボリを意識した。
二度目は第4回目の旅行(生涯で11回の外国旅行)となった、オランダ、フランス、イタリアへの旅である(『スヴェーデンボリ叙事詩』第18章)。1736年のこのとき47歳のスヴェーデンボリはパリで解剖学を学んでいる。もちろん医者になるためではなく、「霊魂のすみか」としての肉体の研究である。その後、イタリアを旅した。二度目となったこのときは「学び」が主であって、観光は従であったろう。それで『叙事詩』には、このときノートルダム寺院、サント・シャペル、ルュクサンブール宮殿(公園)などを見物したように書かれているが、そしてそれは事実であるにしても、一度目に見たものを再訪したと思う。