ここで「日本スウェーデンボルグ協会全国大会のご案内」がきた。同協会の会員なら承知のこと、しかし、このブログの読者にその内容を下記に紹介しておこう。10月3日のブログでは日付けと場所しか言えなかったので。
開催地:
日時:2009年11月22日(日) 午後2時~5時
2009年11月23日(月) 午前9時~12時 参加費1000円
大会プログラム
11月22日(日) 午後2時~ 講演・研究会
講師:鈴木泰之氏
題目:ラテン語で読む「著作」(仮題)
11月23日(月) 午前9時~ JSA総会 (以下案内文省略)
この案内にある22日の講演の講師が私である。
さて、講師として私がふさわしいか自問してみた。いろいろと研究されている方々がいる。それでも、現在、スヴェーデンボリの神学著作を翻訳している人は、それもラテン原典から、この日本にいるのか?
寡聞にして知らない。先達者として近くは柳瀬、長島両氏がおられたが今はいない。するとはからずも翻訳に関しては私が「第一人者」なのか。
柳瀬・長島両氏と私を比較するのは恐れ多いが、あえて述べよう。出版量ははるかに及ばない、またすでに翻訳したものの数もやはり及ばない。それでも私は内容的に劣っていると思わない。それを実感したのか昨晩遅くである。すなわち『神の愛と知恵』130番で両氏が内容を把握し損なっているのを見つけたときである。読解力では両氏を凌いだ。
翻訳にはまず「読解力」、これにはまず第一に基礎的なものとして「著者の論理の道筋を追える力」がなくてはならない、そしてその裏づけとしての「語学力」。この二つで言えば、数学をやったせいもあって道筋を追及する力はある。苦手な語学力は、独学ながらそうとう勉強し直した。
そして日本語による「表現力」、これは文芸作家ではないので、(話の道筋が)わかりやすい(読みやすさにいくぶん通じる)文章が書ければよい。この文章力についてもどのような「文章がよい」のか、やや勉強し直した。方法としていちばんよいのはいろいろな機会に文章を書いてみることである。
さて、これらの「能力」から見るとき、柳瀬氏に表現力があることを認める、しかし、読みづらいという人も多い。また、長島氏は一見読みやすいが、自分自身の論理展開を混ぜ込んでいる、これは私がいちばん嫌う。では自分は? これは読者諸氏の評価にしたがうしかない。
「こんな思いあがったやつはだめだ」の声が聞こえてきそうだ、しかし、訳者の人間性は問わないでほしい、たたけば人間、いくらでもボロが出るから。