どのような箱根旅行だったか、ざっと紹介しよう。Dibb牧師が「宗教施設や歴史」に興味がある、というので、そうしたものがメインとなっている。雑談なので、気楽に読まれたい。
7月27日(月) 朝9時、ホテル・ギンモンドに集合。総勢は牧師夫妻と松本さん、私の4名。私の車(正確には私の女房の車)で出発。「東名」「小田原・厚木」を通って、最初に湯本の「早雲寺」、後北條五代の墓がある。続いて「天山」という温泉。今日はこれがメイン。ゆっくり過ごす。土室のサウナ風呂が変わっている。ここで「山のにぎり」を初めて食べた。鮨であるが、ネタが山のものである。非常に珍しく、またおいしかった。早めに強羅の「早雲荘」。まずは入浴。
夕食後、「カラオケ」、ジェネラルチャーチの聖職者で日本の誇る(?)文化「カラオケ」を経験したのはこのディブ夫妻が初めてであろう。だれにも経験してもらいたい、と思っていたがなかなかその機会がなかった。松本さんうまい。ディブさんへた。私は? いちおう「へた」としておきます。
7月28日(火) 松本さんは早朝5時半ちょっと前の登山鉄道で強羅から下山。出勤である。ごくろうさま。ここからはリタイアした私がたどたどしい英語で案内しながら付き合う。あいにく本日は雨が降ったり止んだりの天気だった。最初に「三河屋旅館」純和風のホテルを見てもらいたかった。「中を見せてほしい」と求めたが、玄関先しか見せてもらえなかった。残念。次、ロープウエイで大涌谷へ。雨天なので「閻魔台」へは行かない。湖尻で、95年にバス主教を迎えて集会をもった「箱根アカデミーハウス」を示す(その時は私が集会の主宰者だった、それからもう14年が経った)。続いて「箱根神社」美しい。「箱根関所」前に来た時よりも拡大されていた。旧街道の名所「甘酒茶屋」へ。カーら夫人は甘酒がおいしかったようである。三種類の「力餅」を食べる。木造かやぶきの風情ある茶店。石畳の道を少しだけ歩いた。「六道地蔵」を見て、最後は「ガラスの森」。2時半に着いたらちょうど「ガラスの楽器」の演奏をした。その後、カンツォーネを聞きながらコーヒー・紅茶(餅も食べたし、あまり腹が減っていないとのことだった)。ゆっくり5時まで見物。カーラ夫人がすぐ「みやげ物」見る、そのたび私たちは「Next time」を連発だった。宿「早雲荘」に戻り、夕食後は翌朝の8時まで完全にフリータイム。前日はカラオケをしたが、まったく何もしない時があったほうがよいだろう、休養できるだろう、と思った。
7月29日(水) 宿を9時半に出発。箱根は昨日で終わり、御殿場経由で「山中湖」へ。山中湖畔が意外と良かった。ここは大学時代に、また教師になってからも合宿できたところ。やはり、いろいろな団体が会堂沿いをランニングしていた。「忍野八海」では古民家へ。私の母の実家もこのような「かやぶき」の大きな家だった。続いて富士吉田の「富士浅間神社」、ここへ来たかったので、帰り道を中央高速経由としたのだった。立派な杉並木と杉の大木。ここは富士山登山の北口の基点である。33回登山記念の碑が「大願成就」としていくつも立っている。八王子インターで降りて、「へぎそば」(6月23日ブログ参照)を食べた後、やや逆コースになるが、貴重な機会なので「天皇稜」を見学。その後、我が家へ。ビールを飲みながら、私の翻訳物など見てもらった。グーテンベルグの「聖書」の複製版を2葉持っていたが、ディブ師にプレゼントできた。非常に喜んでいた。奥様には、美恵子手作りの「布わらじ」をプレゼント、これも喜んでいた。7時過ぎに家を出て、電車で小伝馬町の「ホテル・ギンモンド」へ。
7月30日(木) 朝9時に集合、9時半ごろ岩崎さんの車で成田へ。10時半ごろ到着、そのままお別れ。牧師夫妻は1:30便で韓国ソウルの新教会へ向かう。出発前の空港での自由時間が3時間、これは短くも長くもなく、最適だと思う。残念なのは富士山を一度も見れなかったこと、これはNext time。
23日の到着から30日の出発まで、毎日付き合った。こんなこと、フリーな人間でなければできないと思う。そして観光地などある程度知っていて、また英語もなんとか通じなければならない。すなわち三拍子そろわないといけない。でも、もう一つ! これで私に金(かね)があれば、「鬼に金棒」。