原典講読『生活』 80, 81, 82

       (X.)
   QUOD QUANTUM QUIS OMNIS GENERIS FURTA UT PECCATA FUGIT,
       TANTUM SINCERITATEM AMET.
   どれだけだれかがすべての種類の窃盗(盗み)を罪として避けるか〔によって〕
       それだけ誠実を愛すること
(1) 原文
80. Per “furari” in naturali sensu non modo intelligitur furari et latrocinari, sed etiam defraudare, et sub aliqua specie alteri sua bona auferre. Per “furari” autem in spirituali sensu intelligitur deprivare alium suae fidei veris et suae charitatis bonis. In supremo vero sensu per “furari” intelligitur auferre Domino quae Ipsius sunt, et sibi illa attribuere, ita vindicare sibi justitiam et meritum. Haec sunt omnis generis furta. Et quoque unum faciunt, sicut omnis generis adulteria, et omnis generis homicidia, de quibus prius: quod unum faciant, est quia unum est in altero.
(2) 直訳
Per “furari” in naturali sensu non modo intelligitur furari et latrocinari, sed etiam defraudare, et sub aliqua specie alteri sua bona auferre. 自然的な意味での「窃盗(盗み)」によって、単に盗むことや強奪することが意味されない、しかしまた、だますこと、また何らかの外見のもとに他の者からその者の財産を取り去ること〔が意味される〕。
Per “furari” autem in spirituali sensu intelligitur deprivare alium suae fidei veris et suae charitatis bonis. しかしながら、霊的な意味での「窃盗」によって、他の者をその信仰の真理で、またその仁愛の善で奪うことが意味される。
In supremo vero sensu per “furari” intelligitur auferre Domino quae Ipsius sunt, et sibi illa attribuere, ita vindicare sibi justitiam et meritum. 最高の意味での「窃盗」によって、主からその方のものであるものを取り去ることが意味される、そして自分自身にそれらを帰する(あるとする)こと、このように(したがって)自分自身に義(正義)と功績を要求すること。
Haec sunt omnis generis furta. これらがすべての種類の窃盗である。
Et quoque unum faciunt, sicut omnis generis adulteria, et omnis generis homicidia, de quibus prius: そしてまた〔これらの三つの意味の窃盗は〕一つとなる、すべての種類の姦淫、すべての種類の殺人のように、それらについて前に〔述べた〕。
quod unum faciant, est quia unum est in altero. 一つとなることは、一つ〔の意味〕は他の〔意味の〕中にあるからである☆。
☆ この意味はおわかりだと思います。蛇足ながらも説明をします。自然的、霊的、最高の意味が述べられていて、それらの意味が「一つとなっている」のは、自然的な意味の中に霊的な意味、霊的な意味の中に、最高の(『真のキリスト教』などでは「天的」と述べています)意味が内在するからです。
 それなのに、ここの長島訳は「・・・働きを一つにします。働きを一つにするとは、一つは他と重なっている・・・」という、わけのわからないものとなっています。でたらめな訳「働きを一つにする」で何のことかわかる人がいるのでしょうか?
(3) 訳文
 自然的な意味での「窃盗」によって、盗むことや強奪することだけでなく、だますこと、また何らかの装いのもとに他の者からその者の財産を取り去ることが意味される。しかし、霊的な意味での「窃盗」によって、他の者からその信仰の真理を、またその仁愛の善を奪うことが意味される。最高の意味での「窃盗」によって、主からその方のものを取り去ること、そしてそれらを自分自身のものとし、このように自分自身に義と功績を要求することが意味される。これらがすべての種類の窃盗である。そしてまた〔これらの三つの意味の窃盗は〕前に述べた、すべての種類の姦淫、すべての種類の殺人のように、一つとなっている。一つとなっているのは、ある意味が他の意味に内在するからである。
(1) 原文
81. Malum furti intrat altius apud hominem, quam aliud quoddam malum, quia conjunctum est cum astu et dolo, ac astus et dolus se insinuant usque in spiritualem hominis mentem, in qua est cogitatio ejus cum intellectu. Quod homini mens spiritualis et mens naturalis sit, infra videbitur.
(2) 直訳
Malum furti intrat altius apud hominem, quam aliud quoddam malum, quia conjunctum est cum astu et dolo, ac astus et dolus se insinuant usque in spiritualem hominis mentem, in qua est cogitatio ejus cum intellectu. 窃盗の悪は人間のもとにさらに深く入る、他のある種の悪よりも、狡猾さと欺きに結合しているので、そして狡猾さと欺きはそれ自体を人間の霊的な心の中にまでもしみ込ませる、その中には彼の思考がある、理解力とともに。
Quod homini mens spiritualis et mens naturalis sit, infra videbitur. 人間に霊的な心と自然的な心があることは、下に見られる(ようになる(する))。
(3) 訳文
 窃盗の悪は、他の種類の悪よりも、狡猾さと欺きに結合しているので、人間に深く入り、狡猾さと欺きは、理解力とともに思考の存在する人間の霊的な心の中にまでもしみ込んでいる。人間に霊的な心と自然的な心があることは、今後に示そう。
(1) 原文
82. Quod quantum quis furtum ut peccatum fugit, tantum sinceritatem amet, est quia furtum etiam est fraus, ac fraus et sinceritas sunt duo opposita; quare quantum quis non in fraude est, tantum in sinceritate est.
(2) 直訳
Quod quantum quis furtum ut peccatum fugit, tantum sinceritatem amet, est quia furtum etiam est fraus, ac fraus et sinceritas sunt duo opposita; どれだけだれかが窃盗を罪として避けるか〔によって〕、それだけ誠実を愛すること、窃盗はごまかし(欺瞞)でもあるからである、そしてごまかしと誠実は二つの正反対のものである。
quare quantum quis non in fraude est, tantum in sinceritate est. それゆえ、どれだけだれかがごまかしの中にいないか〔によって〕、それだけ誠実の中にいる。
(3) 訳文
 だれかが窃盗を罪として避けるほど、それだけ誠実を愛するのは、窃盗はごまかしでもあるからである。そしてごまかしと誠実とは二つの正反対のものである。それゆえ、だれかがごまかしの中にいなければ、それだけ誠実さの中にいる。
(4) 「盗み」の範囲は広い、だれもが何らかの盗みを働いているのではないだろうか
 単に「盗み」を具体的な「物」だけに限れば、「私は盗みなどしない」と言いきれる人がいるかもしれない。しかし、盗む対象を「無形のもの」また「公共のもの」とすればどうだろうか。たとえば、無形のものなら、名誉、時間など、公共のものとして、環境であり。また、盗む行為を「だますこと」、もすこし軽く「ごまかすこと」とすれば、「盗み」の範囲はまったく広い。
 「正当に」儲けるのと「ごましかして」不当な利益を上げるのは、紙一重の差ではなかろうか。何らかの商売で儲かるのはよいことだけれど、つい、儲けを優先させてしまう。その例として、耐震偽装や食品偽装などあげればきりがない。それ以外にも「合法的な盗み」がいくらでも存在すると思う。ノーベル賞の例を挙げるまでもなく、これまで儲けを社会に還元した偉人は多かった。
 個人や会社単位でなく、私は国家的規模の盗みが、原油価格、南北格差(先進国と後開発国の間の経済格差)などにあると思う。しかし、これでは話題が広すぎるし、逸れ過ぎ。
 もう少し個人的レベルの話を今後してみよう。