このところ長島訳を批評している。他人への批評が日本人の美徳に反するのは承知している。でも少しばかり自己弁護したい。私のことを「人のことを(悪く)言う前に、自分の作品をつくれ、それからにしたら」と言う人がいる。これはあたらない。そのことを店の料理にたとえてみる。
店で食事をした。「うまい」と感じようが「まずい」と思おうが客の勝手。また、「あそこの店はうまかった、まずかった」と人に言うのも、かまわない。そのとき、その店の料理人なり、関係者が「まずいと言うなら、その前に、もっとうまいものをつくってもらおうじゃないか、それから、まずい、と言ってくれ」とは言わない。言えない。店を構え、料理を出している以上、客の評価は覚悟のはず。
ミシュランが星をいくつ付けようが、ミシュランの勝手。星を付けてもらえなかった店の者が「俺の店のほうがもっといい」と抗議したとは聞かない。でたらめなガイドブックなら捨てるだけのこと。
「食事ガイドブック」の読者が、「もっとうまい店がある、適当に評価を付けている」と思うのも勝手。私が「まずい」と言っても、それを信用する、しない、でたらめだ、と思うのは、みなさまがたの勝手。私がでたらめの中傷ばかり言っていたら、信用を失うだけのこと。
今のところ店は二軒しかない「静思屋」と「アルカナ店」。これからもっとうまいものをつくって「あおい軒」を出そう思っている人間なら、この二軒がどんな味か、味わうのはあたりまえ。それどころか、どんな材料を、どう調理しているか、参考のために知ろうとする。