この講座のアクセス数が7月12日に1日で過去最高の434となった。多くの方に関心を持ってもらえていることを素直に喜びたい。さて、その多くの方々にどのように読まれているのか、やや気になったので参考になりそうなことを書きたくなった。題して「実力のつくと思える読み方」。
本来どのように読もうが読者の勝手、忙しい方はさっと目を通すだけかもしれない。
それでも、「講読」の名前が付けられていることからも、(じっくり)学びたい方がおられるかもしれない。老婆心ながらそのような方々への余計な話である。用意するものは別にいらないが、静思社の柳瀬訳、アルカナ出版の長島訳があるとよい。時間があるとき読み比べるなら、いろいろと得るところがあるかもしれない。
この原典講読に即して述べよう。
まずは(3)の「訳文」を読んで、だいたいの内容を頭に入れる。
その後(1)の「原文」を最低2回読む。そのとき、内容がわからなくてもよい。句読点に注意し、セミコロン(;)コロン(:)ピリオッド(.)のところでその節の文頭に戻って読み返す。余計な話のついでにその句読点の働きを述べよう。セミコロンは一まとまりの内容を述べ終えたとき。コロンも一まとまりの内容を述べ終えてはいるが、その内容について、次に補足説明など付け足したいとき。もちろんピリオッドは英語でフルストップとも言われるように、それまでの内容に終止符を打ちたいとき。
さて、読み方戻れば、たとえば「A;B;C.」という構成の文は「A-B-C」と続けて読み、もう一度「A-B-C」と読むのでなく、「A-A,B-B,C-C」と読む。こう読む利点の一つは「長くなると前のことを忘れるから」。
このとき文頭、または2番目に来る「接続詞」が文のつながりの重要なヒントとなる。よく使われる接続詞は書き出しておいて、そのメモを横目で見ながら読み進めるとよい。
接続詞だけをよく捕えて(押さえながら)眺めていくだけで、なんとなく(嬉しいことに)内容がわかってくる気がするはず。スヴェーデンボリの文章は論理的なので接続詞は普通の文章以上に内容を捕える上で重要である。
メインデッシュである(2)の「直訳」部分では、どの語がどの語に訳されているか見比べるだけで勉強になるはず。学習者のことを慮ってだいたいは原文の語順どおりに訳語も並べるようにしている。辞書を引く必要はない。というより、学ぶための適切な辞書は存在しない(チャドウックの『レキシコン』を現在翻訳中)。原語の一語、一語を追っていくとよい。
さらに実力をつけたい方は、この「直訳」から自分なりの「訳文」をつくってみるとよい。「原文の趣旨を訳文の中でどのように生かしたらよいだろう」、とあれこれ考え、工夫するはずである。
さて、「実力がつく」もととは、私は「あれこれ考える」こと、「ああだろうか、こうだろうかと思い巡らす」ことだと思う。(1)の原文を読みながら、「この語の意味は何だろう?」と思い、(2)の直訳から、「これをうまく訳すとどうなるだろう」と工夫する、ここで「実力がつく」と思う。
あわてて先を急いで読み進めても、頭は空回りするだけ。せっかく原典を読むんだもの、スルメを噛むつもりになってじっくり取り組んで頂戴。
でも、漫然とした、通り一遍の読み方ではあっても、もともとがスヴェーデンボリの文章だから、何らかの意味で、人生を生きてゆく上での実力はつきますね。蛇足ながら「この世で成功する」実力ではありませんよ。