スヴェーデンボリは独特だったか(その1)

 スヴェーデンボリ協会の機関紙『Things Heard and Seen』から「文章家としてのスヴェーデンボリ」を紹介した(2008年春号)。同機関紙の2007年秋号に「天界と地獄などは単なる頭脳の産物」とすることに対する反論が載っていたので、私の勉強もかねて以下に紹介します。
 『Things Heard and Seen』とは『天界と地獄』につけられた副題『ex auditis et visis(聞かれ、見られたことから)』です。
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WAS SWEDENBORG UNIQUE YES IN A WAY David Lister FRCS
「スヴェーデンボリは独特だったか、ある意味ではそうである」
 この論説の目的は、スヴェーデンボリが「霊魂は有機的なものである」(秘義444、結婚315、交流11)と述べていることから示唆されるような、私たちが霊性と呼ぶものへの解剖学上の基盤が脳にあることを示すことである。
 私の論旨は、私たちの脳の内側で行なわれる大部分のことは新皮質へ近づくことができない、というものである。〔大脳の〕新皮質は、私たちが目覚めている間、私たちが意識と呼ぶ親しみある感覚を私たちに与えるものである。意識とは、日常生活で私たちみんなが関わる環境に対する知覚であり、そのやりとりであって、よく知られているが、叙述するのはむずかしい。
 新皮質は、ことによるとこの200万年の間、人間の脳の一部であった。意識の有機的な基盤を形成する脳の他の部分は、それが他の動物にとってどんなものであるにしても、人間よりも数百万年も古い有機的な形であり、現代人の中に依然として存在する。私はこのことの意味を、人間の中の霊性のために、またスヴェーデンボリの独特な貢献〔を示すこと〕のために探求する。(続く)