文章家としてのスヴェーデンボリ(その4・最終)

 私がスヴェーデンボリの早期の著作を引用したことに気づかれたであろう。ここから質問があるかと思う――「照らしの後、文体に識別できるような何らかの変化があったか?」 詳しく調べないで答えを示唆することをためらう。もし、だれかがよく調べるなら、そこには通常、何らかの違いを見出せる可能性がある。しかし、私の印象では、それだけのことではあるが、そこになんら意味のある違いはない。彼は依然として、同じ教養と学究的な文体で書く、18世紀の博識ある学者であった。
 誤解のないようにしておこう。スヴェーデンボリは、最初の段階から、限定された読者へ向けて書いた。同時代のヨーロッパの学問ある大衆、学者、高位聖職者、神学者たちである。彼はアリストテレス学派で育った者たちに――自分の議論を原因、目的、結果だけで考えようとする者――速やかに認められる概念を常に繰り返した。さらに難解にも、『神の愛と知恵』200番では、vires〔力〕とformae〔形〕を区別しているが、ここからは直ちにアリストテレス哲学のdynameisとeide〔エイドス、形相〕が示唆される(脚注:ここは力とそれらの「つくる」形、あるいは形と機能の間の関係に触れている)。この個所は、平易で庶民的な説教ではなく、最高の水準を保った神学的な議論である。
 スヴェーデンボリの文体は、親しみやすさとは正反対のものであり、最も最新の情報を取り入れ、言語の特徴を生かした翻訳ですら、私たちは、容易に読書できることを期待してはならない。私たちは当時の論理学、形而上学、神学の知識をいくらか持つことなしに、完全に理解することはできない。
 普通の人は、その教えが自分に把握できるよう常に翻訳者を必要とする。スヴェーデンボリ協会のお第一の任務は、卑見ながら示唆したいが、「著作」を保ち、それらをラテン語でも翻訳でも両方で全世界の教養ある人々に入手できるようにすることであろう。このことは、スヴェーデンボリの文体から暗に意味される目的である。
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(John Chadwick(1920-1998)博士は、ケンブリッジ大学の名高い講師であり、早期のギリシア語である線文字Bの解読で有名である。大戦中は、ドイツ軍の暗号解読のためブレッチリーで働き、また『オックスフォード・ラテン語辞典』の編集者として数年間仕えた。しかし、私たちには、この論説に続いて著述した彼の翻訳『結婚愛』、『真のキリスト教』、『宇宙間の諸地球』『、最後の審判』でよく知られている)