翻訳に要求される資質とは

 私が関わっているので、どうしてもこうした話題になることが多い、ご寛恕ください。
 翻訳(英文➭和文を想定してください)とは大ざっぱに言えば、(a)内容を把握して、(b)日本語に置き換える。
 このうち、(a)の「内容把握」には、(1)語学力(そのうちの読解力)、(2)その内容に関する知識、となろう。それで大きく次の三つの資質が必要とされると思える。
(1)語学力(そのうちの読解力)、(2) (一般的知識も含めて)その内容に関する知識、(3)日本語の文章力(表現力・作文力ともいえる)。
 さて、問題:「この三つで、大切・重要と思うもの順に並べよ」
 よくある勘違いが「語学が得意だから翻訳(通訳も)できるだろう」というもの。この問題で言えば、「英語ができなくできなくっちゃ訳せないな。まずは英語の語学力でしょ。だいから一番は(1)、ある程度の知識がなくっちゃ無理だし、次は(2)、最後は残りの(3)だな」。この答えは、(1)、(2)、(3)の順。
 みごと不正解。そのことをこれから話そう(他の人ならこれを正解とする人がいるかもしれない、しかし大いに疑問。採点者は私である)。
 
 正解は(2)と(3)が大切・重要であり、(1)は二の次、三の次。(2)と(3)では、内容によって高度な知識を必要とされれば(2)、普通でよいなら(3)となる。は(2)になれば、(3)にもなる。「どちらかに決めろ」と言われれば(3)である。すなわち私は正解を、(3)-(2)-(1)の順とする。
 翻訳で最重要な資質は日本語の文章力。これは何も「小説」を書くような力ではなく(小説では構想力が要求されるし、それが非常に重要)、「達意」の文章を書く力である。達意とは「述べたいことがわかりやすく正確に伝えられる」こと、それもすっきりした形ならなおさらよい。何を言っているんだかわからない文章は論外、読みづらい文章も失格、読みやすくても「言語明瞭、意味不明」ということもあるので要注意。
 翻訳し始めたころ、対象は新教会の説教や論文だった。正確に読み取るにはある程度の英文法の知識が必要と感じた(文章は文法に基づいて構成されている)。それで英文法を勉強し直した。しかしそれ以上に、聖書の知識(一般的な知識を含む)や新教会の教義を知っていることが読解の大いなる助けとなった。この知識なしに、ちゃんと読み取れたかあやしい。思わぬ間違い(そしてそれに気づかない)をしてしまったかもしれない。
 そして、せっかく読み取れても、それを正確に、よくわかる文で表現しなかったらなんにもならない。この「表現」について、私と長島達也とでは方向が異なる。そのことを別の機会に述べよう。
 ある翻訳教室では、まず日本語の作文をしてもらうとのこと、そして訳のわからないような文を書く人にはお引取り願うという。翻訳の仕方を教える以前の問題だからだ。
 私の文章力について昔話。中学1年生のとき、作文が課題となった。提出したが戻されない。国語の先生に問うたら、「おもしろかったから、雑誌に投稿した」とのこと(本人に無断)。没になった。何を書いたか思い出せないが、ある程度の文章力があったのだろう。


 

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