まずは宿題の訳――
「その(文字どおりの)意味でのみことばは、いわば衣服を着た人間である。そのとき顔は裸、そしてまた手も裸である。人間のいのち(生活)と、したがってその救いに関係するすべてのものは、そこでは裸である、しかし残りは衣服を着ている。そして衣服を着ている多くのところで〔純粋な真理の教えが〕、顔が薄い絹を通して〔透けて見える〕かのように、透けて見える」(聖書について55)
何が透けて見えるのか、ここからでははっきりしませんが、この文段の冒頭に「Doctrina genuini veri ex sensu literali Verbi」とあるので「純粋な真理の教え」としました。
ではもうひとつの宿題
Quoniam Verbum interius est spirituale et caeleste, ideo per meras correspondentias conscriputum est; et quod scriptum est per meras correspondentias, hoc in sensu ultimo scriptum est tali stilo, quali apud Prophetas et apud Evangelistas; qui tametsi apparet vulgaris, usque ille sapientiam Divinam et omnem angelicam in se recondit.
スヴェーデンボリの教えに親しんでいる人なら、内容がだいたい想像つきますね。わからない単語がっても、すぐに引くのでなくて「だいたいこんな意味かな」と予想してから引くようにします。こうして実力がつきます(多義語なら、適切な訳語をすぐ見つけられる)。
「quoniam~idoo・・・」はNo,21で学んだ相関文「quia~ideo・・・」と同類ですね。でもここでの訳はこのまま頭から訳します。
名詞「interius」:内部。チャドウィックの辞書には中性名詞として多くの用例が取り上げられている。田中の『羅和』ではadj.(形容詞) comp. n.とあるのみ。『羅和』では著作原典を読めないことがよくわかる。
形容詞「merus」:混ざりもののない、純粋な、~だけの、~そのもの。英語mere。
名詞「correspondentia」:対応。従来「相応」の訳語が使われているが、この語は「身分相応の~」というように「ふさわしい、ついあっている」のような意味であり、不適切であろう。
動詞「conscribo」:作文する、書く。con+scriboでconは「まったく」を意味します。強調と思ってもよいでしょう。それで「書き上げる」、「書き終える」とったニュアンスがあります。こうした合成語についてもどこかで学んでおいてください。スヴェーデンボリは意識的に合成語を使ったようですから(ドール著『スヴェーデンボリのラテン語』第4章参照)。
代名詞・形容詞「hic」:これ、この
形容詞「talis」:このような(性質の)。(これまでとりあげなかったのでここで)
名詞「stylus」:尖筆、鉄筆、英語もstylus。表現法、文体、英語はstyle。
形容詞「qualis」:どのような。ここでは「関係詞」~のような。「qulis~talis・・・」で相関文、「・・・のような、そのような~」。
名詞「propheta」:預言者。でもここでは大文字なので「預言書」ですね。
名詞「evangelista」:福音書記者。やはりここも「福音書」ですね。
接続詞「tametsi」:それでも。
動詞「appareo」:(~のように)見える、~であるように思われる。
形容詞「vulgaris」:普通の、平凡な。
動詞「recondo」:たくわえる、しまいこむ、隠す。
いっきに訳しましょう――
「みことばの内部には霊的なものと天的なものが存在するので、それゆえ対応そのものによって書かれている。そして対応そのものによって書かれたものは、これは最も外部の(別訳:最も低い)意味では、預言書や福音書にあるような、そのような文体で書かれている。それは普通に見えるけれども、それでもその中に神的な知恵と天使たちのすべての知恵が隠れている」(『聖書について』8)
「みことばが対応によって書かれている」ことはスヴェーデンボリ神学の一大特徴です。この世(自然界)の自然的なものは、(霊界の)霊的なものと「対応」しています。
「馬」は「理解力」に対応している、と言われても、このことを初めて聞かされたら、キツネにつままれたようですね。著作『白い馬について』は、このことを丁寧に説明しています。「あおい出版」のサイトに対訳が途中まで載せてありますから、よかったらお読みください。対応について、ここでは割愛します。
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次回が最終回、宿題もこれが最後。まとめは『真のキリスト教』6番からです。
Coram omni illo, qui statum mentis suae formavit a Deo, est Scriptura Sacra sicut speculum, in quo videt Deum, sed quisque suo modo. Veritates, quas ex Verbo discit, et per vitam secundum illas imbuit, illud speculum componunt.(TCR6:2)
日: 2008年4月21日
柳瀬芳意の思い出
初めに、敬称をつけずに柳瀬と呼ぶことについてことわっておく。故人であり、有名な人物は敬称をつけずに呼ぶのが慣わしであるであるから、それにしたがった。
静思社の出版物に初めて出会ったのが83年9月、私(鈴木泰之)が36歳のときであった。それ以来、すべての出版物を入手し、独りで学んでいた。翻訳者の柳瀬はずっと以前から訳していることもあり、ご高齢と推察した。いつかわお目にかかりたいと思っていた。
昭和も平成と変わった初日の89年1月10日、静思社を初訪問した(私が42歳,柳瀬が80歳)。教会活動をしていると知って、礼拝には翌2月の第一日曜から参加し、3月には柳瀬から洗礼を授かった(そのとき、清い香りを感じた。この香りはその後ジェネラルチャーチより再受洗したときも感じた)。礼拝以外にも静思社に出向き、89年には36回お邪魔した。当時『黙示録講解』第9巻,第10巻に携わっておられ,私は6月にその第9巻,8月に第10巻の校正を、それぞれ1週間かけてお手伝いした(出版は9月)。
月に1度の礼拝では(気分が高揚されてくると)お歳とは思えぬほど大きな声で元気に話された。身振りも交え、涙ぐむことすらあって、いわゆる“熱演”であった。これを私は(また他の人も)“柳瀬節”と評した。説教は同じことの繰り返しも多かったが、楽しかった。なつかしい。
翌年(90年)の5月の礼拝をもって、ある理由(ここに述べるのはふさわしくない)で、静思社から別れた(勝手に“飛び出した”のである。これを“卒業”と評する人もいる。静思社を“卒業した人”が数多くいることは後から知った)。他の理由としては、同年正月からは(代々木で)「ぶどうの木集会」が開始され、新教会の礼拝なら、これに参加すればよかった。著作については英訳書を入手し、それを読み始めていた。すなわち、もう静思社から学ぶものはなかった(これが本来の“卒業”であろう)。前年の11月からはマリタ・ロジャースさんによる月2回の「勉強会」が始まり、また鳥田恵さんの「小平新教会」へも3月から参加していた。
たった1年と数か月の短い期間であったが、静思社でいろいろと学べたこと(英訳書を知る、校正の手伝い、など)、新教会の人々と出会えたことに感謝している。
その後、五~六年して、箱根集会(芦ノ湖・アカデミーハウスで、これが最後の集会となった)に参加し、柳瀬と再会したが、先生(ここはこう呼ぶ)は私のことをすっかり忘れていた。そばに付き添われていた佐藤氏が、懸命に思い出させようとされたが、思い出すことはなかった。柳瀬を捨て去ったかのような私であった。これでよかった。