in sensu interno agitur quidem de Domino,…,sed usque in sensu repraesentativo etiam agitur de regenenatione hominis; est enim regeneratio hominis imago glorificationis Domini,(AC3296:2)
最初に概略を捕えるようにします。
内意では(in sensu interno)、主について(de Domino)、〔quidemって何だっけ〕〔…は途中省略、中略の記号〕、扱っている(agitur)、しかしそれでも(sed usque)、表象的な意味では(in repraesentatio sensu)、人間の再生についても扱っている(eniam agitur de regeneratione〔あっ、ミスプリだ〕hominis)。
なぜなら(enim)、人間の再生は(hminis regeneratio)、主の栄化(glorificationis Domini)の映像である(est…imago)から。
これで、ほぼ問題なくわかっちゃいましたね。簡単でしたか? では単語の確認。
動詞「ago」:多義語。自動詞としてdeを伴って「扱う、論ずる、述べる」の意味。
小辞「quidem」:確かに、なるほど~だが。
副詞「usque」:それでもなお、やはり。
形容詞「repraesentativus」:表象の、象徴する。
名詞「regeneratio」:再生(原意は再生産、生殖)。英語もregeneration。
接続詞「enim」:なぜなら。この語は文中二番目に置かれることが多い。それでここでもestと位置が入れ替わっている。
名詞「imago」:像、映像。心象、典型といった意味もある。英語ではimage。
名詞「glorificatio」:神的なものとする過程、栄化。英語でglorification。
では訳してください。
「確かに内意では主について扱われている・・・しかしそれでも、表象的な意味では人間の再生もまた扱われている。なぜなら、主の栄化は人間の再生の映像であるから」(天界の秘義3296:2)
みことばの内意はもっぱら主について述べています。それで「みことば」なのです。それでも、主について述べながらも、神の似姿、神の映像として造られた人間(創世記1:26)についても、象徴的に語っています。特に、人間の再生についてです。
ここからは、極端ではありますが、「聖書は人間の再生物語である」とも言えるでしょう。
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宿題(予習)。やはり内意が扱っていることについてです。やさしくて、短いので大意だけでなく、訳してみてください。しかし、うまく文章にするのは意外と手こずるかもしれません。
in sensu interno sunt illa quae sunt vitae post mortem et quae aeterna, at in sensu litterae illa quae sunt vitae in mundo et quae temporatia;(AC1854:1)