原典を読もう(『神のみことば』)  No.19

insinuatio fidei per viam internam fit per lectionem Verbi, et tunc
per illustrationem a Domino, quae datur secundum affectionis quale, hoc est, secundum finem sciendi verum.(AC8078:4)
 この宿題の文は、ある程度学力がつくと次のように読み取るようになれます(第一段階)。
「insinuatio fidei」は「viam internam」によって「lectionem Verbi」によって、そしてその時(tunc)「illustrationem a Domino」によって「fio」する、それは(quae)「affectionis quale」にしたがって、すなわち(hoc est)、「finem sciendi verum」にしたがって「datur」する。
 ということは、どれが動詞か(fitとdatur)見極めがつき、perやsecundumがどこまでをさすか、これがわかれば文の構成が読み取れるということですね。
 そして次の過程も重要です。このまましばらく眺めます。そしてわからない単語の意味を推定します。
たとえば「insinuatio」がわからないとします。単語を引かずに(ここでも「急いてはことを仕損じる」)、文脈からどのような意味か考えます。そしてそれが的中するようになれば(最初はもちろんはずれます、見当もつきません)、でも結局、このことが実力アップに結びつきます(第二段階)。
 形からは名詞、信仰(fides)の「何か?」、それは「内なる道(via)」によるものであり、みことばのlectio(これもわからない)によって、主からの照らし(illusttatio)によって生ずる(fio)んだな、quae、これは女性だな、するとこれはふつうillustratio をさすが、insinuatioもlectioも女性だから(-tioの形は女性名詞)これら可能性もあるな、文脈から判断しないといけないな。secundumが二つあって、hoc estで結ばれているから「affectionis quale」を説明したものが「finem sciendi verum」だな。よくわかんないが、こんなもんだろう。と、これでいいんです。
 このくらい見当つけてinsinuatioを引けば、訳語がいろいろあっても、この文にぴったりしたものを特定できます。
 それで、単語は(第三段階)。
 名詞「insinuatio」:『羅和』にうまい訳語がみつからなくても、insuo(しみ込む)からできた名詞なので「(思想など)しみ込むこと、(静かに、徐々に)入り込むこと」であると、上記の考察からもわかります。
 名詞「via」:道。viaは英語で「~経由」「via dolorosa」は「悲しみの道」転じて「苦難の道」。
 形容詞「internus」:内部の、内なる。
 名詞「lectio」:読むこと、朗読。英語のlectureなどlect-の言葉はラテン語legoを語源とする。
 名詞「illusutratio」:照らし。証明。実例で明らかにすることから英語のillustraion(実例)。
 名詞「affectio」:情愛。
 名詞「quale」:質、性質。
 文法的にはsciendi(知ることの)は動名詞の属格。
 これで訳せます。quaeのさすものは(普通)直前にあるので、illustratioですね。直訳「信仰のしみ込みは・・・生じる」もありますが(過激な直訳派の私は時にこのように訳す)、さすがに直訳過ぎる(日本語を知らないんじゃないのと思われる?)ので、「信仰は・・・しみ込む」としましょう。
「内なる道による信仰は、みことばを読むことによって、またその時、主からの照らしによってしみ込んでくる。その照らしは情愛の性質にしたがって、すなわち、真理を知ることの目的にしたがって与えられる」
 こんなところでしょうね。この文の前には信仰の「外なる道」と「内なる道」が論じてあるのでこの文の頭部は「内なる道による信仰」となります。
 外なる道による信仰とは「自然的な信仰」「感覚的な信仰」です。(奇跡などを)見たから信じる、権威者が言うので信じる、といったものです。
 信仰が「内なる道」から入ってくるとき、その「導管、道」となるものが「みことば」です。そしてし読むときの情愛が問われます。そこに「心」がなければ「見れども見えず、聞けども聞こえず」は何事とも共通です。
 心を込めて読む一つの方法を紹介します(ご存知でしょうね)。ときどき読書をとめて、軽く「祈る」のです。真理を知ったときには「感謝を込めて」。さらに没頭したいとき「照らしを求めて」。
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 ではやはり宿題。みことばは何のために(ut)与えられたのか? 天使と人間の関係は?
Verbum est datum ut uniat caelum et terram, seu angelos cum hominibus, quapropter ita scriptum est ut ab angelis spiritualiter capiatur cum ab homine naturaliter, et sic sanctum per angelos influat, per quod fit unio; (AC6333:3)