ホームページは基本的にHTMLという言語で書かれています。HTMLとはHyper Text Makeup Language の略です。それはテキストに印をつけておいて、テキスト同士をリンクさせる機能をもっています。このような機能はスヴェーデンボリの神学著作を読む上で非常に役立ちます。
お読みになった方はお分かりのとおり、スヴェーデンボリの著作の特徴は、著作同士または著作と聖書が密接に結びついていることです。特に『天界の秘義』を参照をうながすための番号や聖書の引用が随所に見られます。
さて、現実に神学著作を徹底して読もうとすると、大変なことです。聖書だけでも1000ページ以上ありますが、著作はその数十倍のテキストです。さらに翻訳書や原典や英訳書などを参照し、辞書も必要となると、これらを相互に参照して読もうとすると本棚一つを前において、机に本の山を築く結果になります。
ところが、インターネットやHTMLの出現により、パソコンが1台あれば、広い場所を占領することなく、数百冊でも数千冊の本であろうとも、あっという間に必要な箇所を検索して、表示して読むこともできますし、辞書を参照することも可能となりました。HTMLからさらに進化したXHTMLなどの言語を用いれば、さらに精度の高い検索や研究が可能となります。
そして、スヴェーデンボリの著作はそのような時代の読者を想定したかのように、書かれているのです。それは用語が統一され、番号がふられ、縦横無尽に読み解き、思索し、瞑想し、その重厚な精神世界を吟味し、味わうことが可能な神のみことばのネットワークが構築されているのです。まさに、それはニューエイジの聖書です。
私がインターネットによる活動に重点を置いている理由はそこにあります。紙の書物にはそれはそれで利点がありますが、スヴェーデンボリの神学著作はその全体像を学ぼうとする者にとってはあまりにも膨大です。
もちろん、知的に学ぶことが本道であるとは思いませんが、それが不要であるとも思いません。
英語圏ではパソコンで全著作と聖書を相互に検索したり、読むことができる環境がすでに整っています。しかし、日本語ではまだそのような環境はととのっていません。
私の一つの夢はそれを日本語で実現することです。ラテン語の辞書や一部の神学書はネット公開できるまでにいたりましたが、全著作公開までは長い時間がかかりそうです。
短期間でそれを実現するために、同じ夢をもち、それを実現したいと願い、実行に移せる人があと何人か現れてほしいと思っているところです。現在、鈴木さんが手がけているレキシコンの完成はそのような夢を一歩前進させるステップ、土台にもなることでしょう。
月: 2008年3月
権威について(出版社と辞書)
私には若いころから野心があった、今もある。「何かの権威になりたい」というものである。振りかざすような「権力」ではなく、「あの人の言うことを聞きたい」「あの人のそう言うなら、なにかわけがあるにちがいない」といふうに、その人に耳を傾けたくなるような権威である。
その「何か」が何であるかはわからなかった。20歳の頃、「60歳ぐらいになったら、何らかの分野でひとかどの人物になっていたい」と思った。
30代後半で、スヴェーデンボリに出会った。その思想を「むずかしくて、よくわからない」という人もいるが、私には砂地に水が吸い込まれるようによくわかった。毎日読み続け、『天界の秘義』を読み出してからはヘブル語の知識も必要だとわかり、すぐさまその勉強も始めた。
全日制高校で教えていたが、勉強時間がほしくて40歳で定時制に移った。これとともに「サラリーマンで(教員もその一類)昇進・出世を望まない者はいない」と言われるが、「いずれ校長になるだろう」との望みは捨てた(自分のやりたいようにやらしてもらえる点で、いつもながら女房には感謝している)。この世の栄達よりも、ほんとうのことを知るほうがはるかに重要とずっと思っていたからである。
ヘブル語に遅れてギリシア語も学んだ。遠回りのようだが、聖書に原語ではどうか書かれているのか、知っておくことは「内意を探る」ために必要不可欠と思った。そして、学んでおいてよかった。
以来20年余りが経過した。ずっといろいろやってきた、語り出せばきりがない。私は「権威者」となれただろうか? まだまだと思う。脱線すれば、少しは権威者らしく見えるかなと思い「ひげ」を伸ばしたが、じじくさいだけで、評価されなかった。ここで剃った(また冬場に伸ばします)。
本論へ移ろう。私の「権威」はさておき、出版社の権威はどこから生じるだろうか。良質な図書を発行し続けることなどが上げられるだろう。しかし、私にとっては「その出版社が辞書を出しているかどうか」である(株式会社で言えば、辞書を出すことが、一部上場のようなものだろうか)。
発行部数の多寡は問題とならない、テレビ番組で言えば、視聴率の高い番組が内容の良さを物語っていないのと同じ(関心を持つ人間の多さの指標にはなる)。
ちょっとやそっとの労力や採算を考えていたら出せないのが辞書。それだけに、辞書を出している出版社は尊敬する。
さて、ネット上に立ち上げただけで何も出していない「あおい出版」。私なりにこの出版社に「権威」を持たせたいと願った。(売れることなど考えず)良質な図書を出そう、そして何よりもその象徴たる「辞書」を必ず出そうと思った。
需要を思えば、「レキシコン」など次のまた次に出すものだろう、しかし、私にとっては出版社の権威に関わる重大問題。そして、この「レキシコン」、いつかは、だれかが、出版すべきものと思う。
レキシコンの編集方針
チャドウィックの『レキシコン』をそっくりそのまま翻訳することもありえるが、しかし、何のために和訳するのかといえば、日本語使用の読者が原典を読むためのものである。
するとそのために、(1)極めてわずかな見出し語(『草稿』からのもの)と訳語では省いたものでてくる。これについてはそのことをいちいち表記するのを省略した、あまりに煩瑣であり不要と思えたから。
(2)つけ加えた見出し語、訳語もでてきた。こうしたものには「*」をつけた(しかしその記号を省いたのも少数ある)。
(3)どうしても補足や解説事項がでてくる。それらは〔〕の記号で、その中に記述した。
(4)もちろん、ミスと思えるものは訂正したが、そのことはいちいちことわらない。
原著に「用例」は掲載してあるが、その英訳文はない。辞書の機能としてやはり必要と思えるので和訳を付けることにした。これに莫大な労力を要している。その際、英訳書、和訳されている「柳瀬訳」と「長島訳」を参照した。
参照する中で両訳書の誤訳を多数見いだしている。そのことを少し触れておこう。柳瀬訳は英訳に忠実である。それで、彼の誤訳はやや意訳と思える英訳を、さらに和訳して、原意と離れてしまった、といえる。長島訳は、勘違い(意味の取り違え)が多い、そして、何よりも彼独自の「意訳」の精神が強すぎて、私には「そこまで意訳したら、誤訳になってしまいますよ」と思える。
よろしかったら、掲載されている私の訳文を長島訳と比較してほしい。その違いに驚くかもしれない。そして翻訳に対する姿勢の決定的な違いがわかるだろう。私は直訳派である。
『スヴェーデンボリ叙事詩』第32章掲載しました
あおい出版サイトの『スヴェーデンボリ叙事詩』第32章「政治への貢献」を掲載しました。
スヴェーデンボリは当代一級の科学者であったばかりでなく、スウェーデンの議員として、国家の政治にも貢献したことが書かれています。
ローマの休日:12月8日 サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ教会
前日7日にローマに着いた。宿はテルミニ駅近く。8日は一日中フリー(自由見物)の日である。
昔から12月8日には因縁のようなものを感じていた。イタリア旅行の予約では、第一希望の日が希望多数でうまっていて、第二希望のこの日程となった。結果的に「大正解」だった。
12月8日といえば、日本では真珠湾攻撃による「太平洋戦争の始まった日」。イタリアは休日である。マリアの「受胎告知日」であり(こうしたことは現地に入るまで知らなかった!)、それで休日、さすがカトリックの国であった。
朝の天気はあいにくの小雨(そのうち止んだ)。傘をさし、てくてく歩き始める。ローマはいたるところに見所があり、それらがちょうどうまい距離にあり(10分ほど歩けば次の観光スポット)、歩くのに絶好、歩いていて全然飽きないし、一番よくわかるのが歩いてみること。
まずは(最初だけ方向に迷ったが)近くのサンタ・マリア・マジョーレ教会。壮大。(当然ながら)礼拝していた。この礼拝にぶつかったのが最大の収穫。他の日程では不可能、建物を見るだけになってしまう。途中から加わり、聖体をいただく。
次が本日のメイン「サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ教会」。ジョヴァンニとはヨハネのこと(洗礼者ヨハネと、弟子のヨハネを祭っている)。カトリックの大本山サンピエトロ大聖堂(前日訪れた)ができる前まではずっとここが大本山の由緒ある教会。サンタ・マリア・・・とともにローマ四大聖堂の一つ。
礼拝の終わりごろ中に入ったので加わらず、壮麗な建物内を眺めているうち(観光客も少なく、日本人は皆無だった。そのことがうれしい、自分たちのことは棚に上げて)、次の礼拝の準備が始まった。絶好の機会、すぐさま参列した(そのときの式文は今もある)。式はもちろんイタリア語だが式文があるので聖書のどの個所を朗読しているのかなど、よくわかった(式そのものも大体見当がついていた)。
そのうち聖歌隊の合唱が始まった。高校1年の時、音楽の時間に、近代音楽の始まる以前の音楽としてグレゴリオ聖歌を習い、歌った。「キリエゾン・・・」というものである(その他数曲、レコードも聴かされた)。よく覚えている。以来40数年たって、なんと本場で、大聖堂の中で響き渡るこの曲を聴くこととなった! この日のために習ったのか! 遠い昔に習っていなかったなら、単なる聖歌でしかない。人生の奥深さを感じる。そのうち男声テノールの独唱が始まった。なんと甘美な声なのか! 感涙。これまでのどんな音楽会よりも感激した(しかも無料である)。
ここでもやはり聖体をいただいた。式そのものでは参列者同士が握手したりした。カトリックの礼拝を最初から最後まで初めて経験した、それも本場の由緒ある教会で。これで私も立派なカトリック信者なのか?
たまたま偶然にこの休日にローマを訪れることになった。出発前は教会の建物を見るだけしか思っていなかった。現地についてから、教会に着いてから、礼拝に参加することになった。
スヴェーデンボリの著書に「偶然はない」という。こうしたことは私にとって必然だったのか?
満たされた気持ちで教会の前の広場に出たら、入るときは気がつかなかった次の目的地「コロッセオ」がまっすぐな通り(名前はサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ通り)の先に見えた。