【宿題】をやってみたでしょうか? (昔、先生からこう聞かれて「忘れました」と答えたことはありませんか? 忘れるような人はこのサイトを再びクリックしたりしませんよね)
宿題は「家」でやるのでなく、その場でやってしまいましょう。
quod postquam Verbum datum est Dominus per id solum Se manifestet,
「みことばが与えられた後、主はそれ(=みことば)だけを通してご自分を現わされる」
どうでしたか? 教え方がよかった(?)ので、みなさん、ほぼこのとおりだったでしょう。「現わされる」は「明らかにされる」と訳してもO.K. みことばの中に「主の臨在」を見る人にとっては「現われる」であり、みことばの真理によって人生観・世界観なりが明らかにされたと感じる人には「明かされる」ような気がするでしょう。
今日は後半の勉強。
nam Verbum, quod est Divinum Verbum, est Ipse Dominus in caelo et ecclesia;
文を眺めるとカンマで区切られています。A, B, C の構造をしています。動詞は2つあります、同じest「~である」です。何が頭で何がしっぽでしょうか? 別の言葉でいえば、主語と動詞は? すなわち、ここの est は「AはBである」、「A = B」の「=」の働きをしています。それで「A」と「B」は何ですか?
知らない単語は caleo と ecclesia ですが、これは著作に非常によく出てくるのですぐ覚えてしまいます。caelum「天界」(しかしスヴェーデンボリ自身は coelum と綴っています)と ecclesia「教会」です。それと接続詞「et」と前置詞「in」。
et は英語の and と同じ。「~と~」「~や~」と訳せばよい。私は「飲み」et「食う」のように動詞が並ぶ場合などよく「、」と訳します。このほうがすっきりするからです。すなわち「飲み、食う」。et はこれほど軽い存在と思ってください。(et が文と文をつなぐときは「また・そして」などの訳語で連結します)
前置詞は接続詞と同じく変化しませんが、「格支配」というものがあります。(1) 対格につくもの、(2) 奪格につくもの、(3)両方につくものがあります。
in は両方支配の前置詞であって対格とともに用いる場合、話題が「空間」であるとき「~の中へ」と移動の方向を示し、奪格とともに用いる場合、「~の中で」と位置を示します。対格も奪格も知らない。わずらわしい! と最初はだれもが(?)思います。そのうち、この使い分け、厳密さが、なんともいえず気持ちよくなります。
英語の「in」と意味が同じですが、より厳密な使い分けがなされています。そのうち英語は「あいまいな言語だな」といった気がしてきたら、あなたはラテン語の素質があります。ラテン語に向いています。「ラテン語おたく」になるのはもうすぐそこ(このサイトを覗いている人はその可能性が大)。
それでここではどっちの支配か? 文意からも見当がつきますが、正確には続く caelo と ecclesiaの格から判断します。どちらも奪格です(対格ならそれぞれ caelum, ecclesiamとなる)。
さて、文全体にもどれば、B は挿入句であって、直前の Verbum を補足説明しています。それで「なぜなら、みことばは“B(であって)”(Ipse以下)である」という構造の文です。これで二つの動詞 est の関係がわかるでしょう。
挿入句にあるDivinum は「神的なもの」、Verum 「真理」と訳します。大文字なので特別な真理と思えばよいです。訳出する上でそのことを強調したい場合「神的な真理」のように「 」でくくったりします。ここの訳文は「それは神的な真理である」となります。
最後の部分、Ipse は単独なら(主を指して)「その方」でよいのですか Dominus「主」といっしょになっているので主を強調していると考えましょう。小文字で「ipse」は「そのもの・それ自体」といった意味です。ここでは「主ご自身」がいいですね。
さて後半全体を訳せたでしょうか? 訳し、そして文全体の意味する内容を考察してください(宿題)。
この宿題をこなしたら、あなたは立派なスヴェーデンボリ研究者!