ラテン語の勉強歴

 私(鈴木)の独学によるラテン語勉強の足跡を振り返ってみます。なにかの参考になるかもしれません。
 「著作」に出会ったのが36歳。原典はラテン語と知り、和訳『天界の秘義』などにラテン語の単語がちらほら載っているので、持っていてもよいだろうと田中の『羅和辞典』を買ったのが84年10月(37歳)。文法など知らないので、「辞書を引く」ことはなく、しばらくは単語を眺めるだけだった。
 時は経て89年2月:『ラテン語4週間』を買った。文法がどんなものかざっと眺めただけ。
 91年6月(44歳):「ジェネラル・アセンブリー」に参加(2度目)。そこでドールの『An Introduction to Swedenborg’s Theological Latin』と『結婚愛』などの原典を入手。このとき、全然読めないし、読んでみようとは思わなかった。原典が手元にあるだけで満足だった。
 ヘブル語・ギリシア語の勉強はほぼ終えていた(聖書を原語から、辞書などの助けで読解できるまでになった)が、そのことに精力を相当つぎ込んだので、これ以上新しい言語の習得に取り掛かる気力はなかった。
 93年9月(46歳):原典『天界の秘義』『黙示録講解』など入手。これも参考書として、原典でどのような言葉が使われているか確認するためであった。しかし、「動詞」が問題となってくると、正確なニュアンスを知るためにはどうしても、文法知識が必要と思えてきていた。そこで、
 93年12月:小林標著『独習者のための楽しく学ぶラテン語』入手。その後すぐに『LEXICON』を注文。小林の「教科書」は聖書(Vulgata)からの例文があったりして、私にぴったりだった。並行して前記ドールの「教科書」も学び始めた。やはり(1)よい教科書に出会う、のと(2)原典を手元に置く、と以前はやる気がしなかった、勉強も始めたくなる。それでもまだ、読めるようになるとは思っていなかった。
 94年5月(47歳):注文してあった『LEXICON』を入手。しばらく、使っているうち、「これ(辞書)は近ごろなされたスヴェーデンボリ研究の金字塔だ」と思えてきた。以前、なぜ「読めるようになる」自信がもてなかったかは「辞書のせい」だった! 移動手段でたとえれば、自転車と自動車以上の違いだろうか。田中の『羅和辞典』では決して「著作」を読み、訳せるようにはならない! このあたりからラテン語習得に向けて本格的に取り組み始めた。
 原典という素材を料理する(切れ味のよい)「包丁」を手に入れた気分がする、よい辞書を手に入れることは決定的に大きい! 原典を読むのが楽しくなった。
 前後して、文法もドールの教科書で徹底的に学ぶことにした。徹底的に学ぶ方法の一つが「和訳する」ことである。それで、このようなよい教科書を紹介する意味でも、『スヴェーデンボリのラテン語』を出版した(02年1月、55歳)。これでスヴェーデンボリの著作を読むための文法事項は習得できたろう。
 ここで連載中の『レキシコン』は、上記教科書の翻訳も一区切りついた2000年の8月(53歳)から見出し語などを入力し始めた。
 現在61歳、まだまだ勉強中である。この辞書を翻訳し終えた時が、私のラテン語勉強一区切りのときだろう。

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