英語のアクアラング( Aqua Lung)、水族館 (aquarium) などはラテン語が語源となっています。アクエリアス (aquarius) はスポーツドリンクの名前ではなく、その意味は「水を汲む者」です。星座の「みずがめ座」としてもおなじみです。ラテン語では「アクエリアス」ではなく、「アクアリウス」とローマ字をそのまま発音します。
みずがめ座で連想するのは、ルカ第22章10節の「水の壷を運んでいる人 homo amphoram aquae portans」です。amphora (女性名詞・取っ手が二つある壷)はレキシコンには含まれていない語です。homoは人、portans は「運ぶ、もってくる」という意味の動詞 porto から作られる現在分詞で、~しつつあるという動作を表します。aqua が aquae となっていますが、「水の」という意味になります。「町に入ると、水がめを運んでいる人に会うから、その人が入る家について行って入りなさい」とイエス・キリストが言われたことは何を意味しているのでしょうか。
水 (aqua) ということばが聖書で用いられるとき、それは「真理」(英語では truth、ラテン語ではveritas)を意味します。水の特質は、循環と戦場です。水は、人体にとっても、自然界においてもなくてはならぬものです。水がなければ、汚れを落とすことができません。養分を肉体や大地にもたらすのは水の働きです。真理の働きがどのようなものであるかそこからわかります。ですから聖書には水に関連する記述がたくさん見られます。
水が何を意味するかということがわかると上記の聖書のことばが何を伝えているかは、それぞれの人にふさわい答えが返ってくるのではないかと思います。